教科書の偉人はなぜ男性ばかり? なので作った「女性偉人伝」。自らの意思で世界を切り拓いた女性をイラストで描く

文芸・カルチャー

公開日:2020/7/26

夢を描く女性たち イラスト偉人伝
『夢を描く女性たち イラスト偉人伝』(ボムアラム:著、尹怡景:訳/タバブックス)

 これまで偉人伝といえば野口英世やアルベルト・シュヴァイツァーのように、身を粉にして働き世界に名を広めた人物が多く取り上げられてきた。最近ではチキンラーメンを発明した安藤百福(日清食品創業者)や松下幸之助(パナソニック創業者)といった昭和の実業家や、キング牧師のような運動家など、多様な活動をした人の伝記も登場している。ただそんな中でも昭和の頃から変わらないのは、女性について書かれたものが少ないことだ。「白衣の天使」のフロレンス・ナイチンゲールやマザー・テレサのような、奉仕の精神に溢れた「女性の鑑」的なものは、確かにある。しかし、なぜか健気で献身的な女性ばかりが、多く取り上げられてきた。
 
『夢を描く女性たち イラスト偉人伝』(ボムアラム:著、尹怡景:訳/タバブックス)は、教科書に出てくる偉人が男性ばかりであることに疑問を持った出版社・ボムアラムによる女性だけの偉人伝だ。

 ナイチンゲールの項では、一般的に知られる「真夜中に灯火を持って患者を見守る白衣の天使」としての姿ではなく、軍の医療改革の先導者として、問題が生じたらハンマーで倉庫の鍵を壊すことも厭わなかった姿勢などが描かれている。


 また、ヘレン・ケラーは「奇跡の人」としての姿が有名だが、生涯を人権運動や反戦運動に投じた社会運動家であったことに触れている。女性参政権運動の急進派である「サフラジェット」を率いたエメリン・パンクハースト(イギリス)は、投獄をおそれずハンストしてまで戦い続けた。グレタ・トゥーンベリに関しては、言うまでもないだろう。女性は誰かに奉仕するだけでも、努力して感動されるだけでもない。時には「お行儀が悪い」と眉をひそめられようとも、主張し行動することで権利や未来を勝ち取ってきたのだ。

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 ボムアラムは韓国の出版社で、日本でも刊行された『私たちにはことばが必要だ』などフェミニズムに関する本を手掛けてきた。登場する26名のうち9名は韓国人だ。とはいえ16歳で亡くなった独立運動家の柳寛順(ユ・グァンスン)や、5万ウォン札に描かれた申師任堂(シン・サイムダン)のように日本でも有名な人物はいない。映画監督のパク・ナムオクをはじめとする全員を、この本を読むまで知らなかったという人は多いはずだ。

 中でも異彩を放っているのが、海女で独立運動家のブ・チュンファだ。彼女は日本統治時代の1932年に、魚介類の搾取に抗議するためのデモを1000名もの海女を集めておこなった。その際、知事の車を襲撃したり、アワビを獲るための道具で交番の建物を壊して巡査の服を引き裂くなどして、この過激な「済州海女抗争」は現代まで語り継がれるものとなった。


 日本人で紹介されているのは3人。山川菊栄と『苦海浄土』著者の石牟礼道子、そして鍼灸師でウーマン・リブ運動家の、田中美津だ。ウーマン・リブ運動は女性解放運動のことで、#MeTooの先駆けとも言える。

 今起きていることは過去と地続きであり、過去にも声をあげて戦った女性たちがいた。その戦いや活動を知れば、私たちにも勇気が出てくるかもしれない。それに、歴史は有名人だけが作るものではない。たとえば前述のサフラジェット運動に参加していたある女性は、国王の馬の前に身を投げ、命と引き換えに権利を主張した。彼女の名前は知られていないが、彼女の死も参政権獲得に大きく寄与したという。ここにいる26名は自分1人の力で、社会を動かしてきたのではない。周りにいた「名もなき女性たち」とともに歩んだからこそ、夢を描くことができたと言えるだろう。

 本書見開き2ページのうち1ページはイラスト、1ページが解説になっていて、どこから開いても読める。またイラストはすべて違う人が手掛けており、それぞれの個性が楽しめる。読んだら本棚にしまうのではなく、自分より若い、たくさんの未来を抱えた誰かにプレゼントしたくなる。ページを開いたらきっと、そんな気持ちになるはずだ。

文=玖保樹鈴

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