これぞ森見登美彦!! と叫びたくなる大胆なアレンジ!待望の新刊は『四畳半神話大系』の彼らの物語
公開日:2020/8/6
森見さん待望の新刊は、なんと『四畳半神話大系』の彼らの物語!
しかも劇団、ヨーロッパ企画主宰の上田誠原案。こんな合体企画がおもしろくないはずがない!
森見登美彦
もりみ・とみひこ●1979年、奈良県出身。京都大学大学院在学中の2003年、『太陽の塔』で第15回日本ファンタジーノベル大賞を受賞しデビュー。著書に『夜は短し歩けよ乙女』『夜行』『熱帯』など。上田誠との対談は『ぐるぐる問答 森見登美彦氏対談集』に収録。
京都の「腐れ大学生」(©森見登美彦)たちの青春群像を描いた『四畳半神話大系』(2005年1月単行本刊)がこの夏、帰ってきた。ただし世界観やキャラクターはそのまま、ストーリーをまるっと入れ替えて。タイトルは、『四畳半タイムマシンブルース』。注目すべきは、「原案・上田誠」というクレジットだ。入れ替えられたストーリーとは、京都を拠点に活動する劇団、ヨーロッパ企画の代表で、全公演の脚本&演出を担当する上田誠が手掛けた青春SFコメディ『サマータイムマシン・ブルース』(2001年8月初演)なのだ。明石さんや「私」、小津や樋口氏や羽貫さんや城ヶ崎氏という『四畳半神話大系』のキャラクターたちが、『サマータイムマシン・ブルース』をやればどうなるか? ……こう事実関係を記すと何やらこんがらがって見えるが、ひとたび本を開けば違和感ゼロ、森見ワールドの快感全開の読み味となっている。
着想のきっかけは、上田誠との出会いだ。
「『四畳半神話大系』のアニメ(2010年)の脚本を上田さんが書かれることになり、ご本人と交流するようになってから、ヨーロッパ企画の舞台もよく観に行くようになりました。何本かお気に入りの作品があって、それを小説にするのはどうだろうか、と勝手に一人で企画を温めていたんです。うまく書けたら上田さんに許可をもらって本にしたいなぁと思っていたんですが、その妄想をぽろっと編集さんに喋ってしまったところ〝すぐ上田さんに話を通しましょう!〟と(笑)」
数ある候補の中から『サマータイムマシン・ブルース』を選んだのは、『四畳半神話大系』とよく似た「腐れ大学生」たちのお話だったから。
「自分に近い世界観の作品で、自分の作ったキャラの強みを生かせるような作品を選ばないと、舞台の面白さには絶対負ける。『サマータイムマシン・ブルース』が一番、付け入る隙がありそうでした。あの物語を『四畳半~』の世界に取り込んでしまえば、勝ち目があるかもしれないなと思ったんです」
タイムマシンで昨日へ行く発想が斬新でしょぼい(笑)
冒頭の一行は、〈ここに断言する。いまだかつて有意義な夏を過ごしたことがない、と〉。……そうそう、この感じ!
京都の夏、大学3年生の「私」は学生アパート・下鴨幽水荘の自室209号室で、灼熱の太陽にあぶられていた。下宿で唯一のクーラー付き四畳半部屋であるにもかかわらず、つい昨日、クーラーのリモコンが壊れ操作不能状態となったのだ。その災厄を引き起こした同級生の悪友・小津。1年後輩の女性で、学内映画サークル「みそぎ」に所属する明石さん。210号室のボンクラ万年学生・樋口清太郎(通り名は「師匠」)。映画サークルの重鎮・城ヶ崎さんと破天荒な美人・羽貫さん……。
「初期の頃は四畳半の腐れ大学生たちの話ばっかり書いていたんですが、ある時期から書かなくなったのは、もう書き切っちゃってネタがないなと思ったから。ただ、考えてみれば下宿で過ごす暑い夏って、まだ書いていなかった。僕も学生時代は5年間、クーラーのない四畳半に下宿していたんですが、あの暑さは強烈な思い出として残っていて。“この下宿にはクーラーがついている、幻の部屋がある”という噂も本当にありました。ここでそのエピソードを使っちゃおう、と。ちなみに、明石さんが撮影したポンコツ映画『幕末軟弱者列伝 サムライ・ウォーズ』も、昔小説で書こうとして諦めたネタの、お蔵出しです(笑)」
賑やかな物語はやがてぐにゃりとゆがみ出す。四畳半に大集結した面々が、昨日このアパートで撮影したポンコツSF時代劇の思い出話で盛り上がっていたところ、周囲が語る昨日の思い出が「私」にとって身に覚えのないことばかりだったのだ。すると、まるで「某国民的名作マンガ」から出てきたようなタイムマシンが下宿の廊下に放置されているのを発見。それが本物のタイムマシンであると分かったところで……愉快な面々は昨日へのタイムスリップを試みる!
「上田さんが脚本も手がけられた映画版(2005年公開)のキャッチコピーが、『タイムマシン ムダ使い』。遠い未来や遠い過去にも行けるはずなのに、昨日に行く、そして壊れる前のクーラーのリモコンを取ってくる。発想が斬新で、究極にしょぼい(笑)」
黒い糸を赤い糸に片思いを両思いに
「第1章はわりに自由に書いていったんですが、第2章以降は“昨日の自分たちに今日の自分が見られてしまう”といったアクションを一個一個きっちり抑えていかなければいけない。どのピースが欠けても完成しない、細かいパズルみたいなお話なので、それをどう『四畳半~』の世界で膨らませていくかで悩みました」
悩んだ結果、原案舞台の流れをなぞるだけの、無難な展開に着地させなかったところが素晴らしい。「これぞ『四畳半~』。これぞ森見登美彦!」と叫びたくなるような、大胆なアレンジが施されているのだ。それは、「私」と明石さんとの間の、赤い糸の物語。
「元の『四畳半~』は、どちらかといえば主人公と小津の“黒い糸”の話です。主人公と明石さんがくっつくことに関しては、かなり強引に、取ってつけたように乱暴に書いたなという反省があったんですよね。その一方で、『サマータイムマシン・ブルース』の舞台は、主人公っぽい人とヒロインの間の淡い恋は描かれているものの、淡いまんまほろ苦い感じで終わる。おととし、15年後の続編を描いた舞台が上演されたんですが(『サマータイムマシン・ワンスモア』)、そこではっきりとヒロインとは結ばれなかったというエピソードが出てきました。ここはあえて、上田さんに異議を申し立てたかった(笑)」
舞台と小説の違いを、強く感じたからこその改変でもあった。
「舞台版は僕が思う群像劇の理想形なんですが、同じことを小説でやろうとしても、うまく最後まで乗り切れないんですよ。主人公の目線で進んでいく以上、“その事件は主人公にとってどういう意味があるの?”という理由づけがないと、小説としての座りが悪い。そうなった時に、女の子とくっつけるのが一番、楽チンなんですよね。説明がいらない(笑)」
世の人々は口を揃えて、恋は「する」ものではなく「落ちる」ものだと言う。だが……本当か? 能動的な「する」でもなく、受動的な「落ちる」でもない、能動と受動の間で人は、恋をしているのではないか。『四畳半~』にも『サマータイムマシン・ブルース』にもなかった、しかし2作を合体させたからこそ生まれた、恋の真実を告げるクライマックスの名場面が、問答無用の快感と感動を実現している。
「あの場面は自分で書いていても、面白いことになっているなと思いましたね」
実は、森見は1979年1月生まれで、上田は1979年11月生まれ。同い年であるばかりか、同じ時期に京都の大学に通っていた経歴を持つ。
「前に上田さんがおっしゃっていたのは、『四畳半~』と『サマータイムマシン・ブルース』は〝同じ時期に生まれた双子〟。腐れ大学生たちが反復される世界から脱出するというお話を、舞台と小説、それぞれの領域でお互いが勝手に書いていた。その2つの作品を合体させてみるというのは、なかなか面白い企画だなと思うんです。ぜひ、原典にも当たってみてほしいです」
最後に……今回実現した森見登美彦と上田誠の想像力のタイマン勝負、その勝敗は?
「じゃあ、ギリギリ引き分けってことで!(笑)」
取材・文:吉田大助 イラスト:中村佑介
『四畳半タイムマシンブルース』
森見登美彦:著 上田 誠:原案
KADOKAWA 1500円(税別)
京都の熱い夏、大学3年生の「私」はクーラーのリモコンが壊れ途方にくれる。そんなおり、タイムマシンを発見。昨日に行って壊れる前のリモコンを持って来ればいい! しかし、愉快な仲間たちがタイムマシンを弄んだ結果、世界崩壊の危機が引き起こされ……。
『四畳半神話大系』
森見登美彦
角川文庫 680円(税別)
冴えない大学3回生の「私」と友人の小津らが4つの並行世界で繰り広げる、おかしくもほろ苦い青春ストーリー。バラ色のキャンパスライフはどこだ!