「やれない理由ではなく、やれる理由を探すが大人の仕事」青学・原監督流リーダーシップ論/改革する思考こそが、日本を変えられる②

ビジネス

公開日:2020/7/29

 大学駅伝3冠、箱根駅伝4連覇など、陸上競技の指導者として、数々の偉業を成し遂げてきた青山学院大学の原晋監督。同氏が異端児と言われながらも貫き通してきたリーダーシップ論を語る。ポストコロナの時代に求められるものとは。

改革する思考
『改革する思考』(原晋/KADOKAWA)

改革すべき要素を探す。それが大人の仕事

「新しい生活様式」という言葉に代表されるように、日本はこれまで培ってきた社会生活環境が一変してしまうほどの国難に遭遇してしまったのです。おそらく、終戦以来の国難ではないでしょうか。

 当初は「できることはある」と考え、行動していた私ですが、こうなると状況に合わせた対策が必要になってきます。実際、4月になると、他の大学では学生を故郷に帰したという情報が耳に届くようになってきます。

 私には、なにができるのか?

 わが部では、学生やスタッフを合わせ60名近くが活動しています。この国難の時期にあって、私が最初に考えたテーマは、次のようなものでした。

『「安心・安全」と「夢・チャレンジ」という、相反するふたつの要素を両立できるだろうか?』

 どうやったら相反するテーマが両立できるのか。難しい課題でした。判断を下すにあたっては、あらゆる情報を仕入れて、決断、判断することが求められました。

 まず私は、テーマを実現するために必要なコンセプトはなんだろう? と考えることにしました。

 必須のキーワードは「命を守る行動」。これは絶対に外せません。しかし命を守ることだけを考えると、すべての活動に対し「自粛ありき」の発想になってしまいます。実際、当時のテレビからは新型コロナウイルスの感染力の強さと、感染した場合のリスクの大きさが報道され、海外からはショッキングな映像、情報が流れていました。

 しかし、私には疑問も湧いていました。

 果たして、国内の感染の広がりと海外を同一と考えていいものなのか? 「2週間後、東京はニューヨークのようになる」という恐ろしい情報がアメリカから発信されていたけれど、それを鵜呑みにしていいものなのか。

 私が思っていたのは、日本ならではの生活様式や、日本独自の抑制の取り組みがあるではないか、ということでした。日本中が自粛に舵を切るけれども、感染リスクの回避のみを考える対策案だけ考えていて大丈夫なのだろうか? とその時期に考え始めたのでした。私は活動できる理由、「やれる理由」を探し始めました。

リスクの算出。これが鍵

 私は、「自分たちができることを、とことん探ろう」と考えていました。

 もともと、青学の陸上部に限らず、他の大学もリスクを計算しながら活動を続けています。青学の場合、ふだんから風邪やインフルエンザ、ノロウイルスなどの胃腸炎の感染対策を行っています。また、夕方の本練習では、寮から青学の相模原キャンパスまで往復およそ6kmあり、ジョギング中の交通事故に対するリスクも考慮しなければなりません(リズムが崩れるからといって、赤信号なのに走ってしまってはダメです)。

 また、練習中の熱中症の対策にも万全を期してきたこともあり、我々にはこれまで長い間、リスクと安全対策を施しながら運営してきたという自負がありました。

 リスク。今回のコロナウイルス禍におけるキーワードではないでしょうか。様々な経済、文化活動をすることは、当然様々なリスクが伴います。ゼロリスクの社会生活活動はありません。これが私の解釈です。

 みなさんも、実はリスクを取りながら生活していたのです。今までそれには気づかず、新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、リスクを伴った生活実態が浮かび上がっただけだったのではないでしょうか。

 私にとって、新型コロナウイルスの恐怖が忍び寄ってきた日々は、「命は果たして守られるのだろうか?」という大命題に立ち向かいつつ、どのような活動をしていけば良いのか結論が出ないまま、葛藤を続ける毎日でした。

 本当に自粛することが、彼らのサポートにつながるのだろうか? もっと、監督である私にできることがあるのではないか。その思いが強かったのはたしかです。

 陸上競技(特に長距離走)の強化というものは、時間をかけ、泥臭く日々鍛錬していくことが求められるのです。地道に努力した結果、箱根駅伝のような晴れがましい舞台で走ることができるのです。

 しかし、休んでしまうと失われるものも多いのです。伝統的に言われ続けているのは、1日休めば3日、10日も休めば取り戻すのに1か月は必要になる――というものです。

 この言葉には科学的なエビデンスはありませんが、感覚的には正しい面があるのはたしかです。最低限のことを続けていかなければ、活動が解禁されたときに、大変な状況になっていることは容易に想像ができました。ましてや、トップチームであり続けたいという思いを現実のものとするならば、休むという選択肢はありませんでした。

 青学の陸上部は自主性を重んじる組織であり、それぞれの部員が自主練習を積めば勝てるのではないか――と思う方がいらっしゃるかもしれません。

 断言しますが、そんなことは絶対にありません。「寝てるだけで勝てるほど箱根駅伝は甘くない」と、青学の関係者全員が身に染みて感じています。120%の努力ができる人間だけが、本番で100%に近い結果を出せるのです。

 様々なリスクを計算した結果、私が下した決断は、町田寮で全員の共同生活を続けるということでした。

<第3回に続く>