「連載満足度アンケート」98%の話題作! 地下室で女性たちを犬のように飼っていたシリアルキラーの秘密とは
公開日:2020/7/30
久しぶりに「読み始めたら止まらなくなって気づいたら明け方になっていた」という経験をした。「ホーンテッド・キャンパス」シリーズで知られる櫛木理宇さんの最新作『虜囚の犬』(KADOKAWA)。安ホテルの一室で、めった刺しになって殺されているところを発見された24歳の青年・薩摩治郎。彼の自宅では、地下室で鎖につながれやせ細った女性の姿が発見され、かつて少年院に入っていた治郎を担当していた元家裁調査官・白石のもとに、友人で刑事の和井田が話を聞きに来る…。というのがあらすじだが、文芸WEBマガジン「カドブン」での連載時、何度も「月間読者数」第1位となり、「連載満足度アンケート」では98%という驚異の数字を獲得したのも納得、読み応え抜群のサスペンスミステリーだった。
監禁した女性を“犬”として扱い、死ねば肉をひき肉にして、残った女性に食べさせていた治郎。資産家だけど癇癪もちで横柄で、抑圧の激しい父のもと、母親からの愛情も友人もすべて奪われ育ったから、とは言い切れない残忍な所業だが、白石の記憶にある17歳の少年とは結びつかない。父が死んで豹変したという彼に、いったいなにがあったのか。白石はためらいながらも、和井田に協力して調査をはじめる。
調べていくうちに浮かびあがった、薩摩家に向かった怨恨の数々。そこかしこで聞こえてくる「犬神」という言葉。そして、17歳だった治郎がつぶやいていた「僕は犬だ」という絶望。女性を犬扱いしていたのは、父親との確執が原因なのか。薩摩家にはなにか因習的な秘密があるのか。思いもよらぬ真実が次々と明らかになっていくのに、真相にはまるでたどりつけないもどかしさを、白石とともに抱きながら先へ先へと読み進めていくと…。
唐突に、物語の主人公が変わる。家に帰ることができず、夜の街を彷徨い歩く2人の少年。海斗は後妻から虐待をうけ、未尋は腹違いの弟に居場所を奪われていた。未尋がしばしば口にするのは、治郎の父の口癖。言葉ひとつで他人の感情を操作することを楽しむ残忍さ。「人間なんて、堕ちればすぐ犬になるのさ」と言う彼は、果たして薩摩家の事件にどう関わっているのか? とにかく先が知りたくて読む手を止められず、すべての構造と伏線が明らかになったときには、その巧みさに唸ってしまった。
本書のモチーフは、80年代、地下室に6人の売春婦を監禁し強姦していたゲイリー・へイドニク。櫛木さんいわく〈彼の生い立ちは決して強者ではなく、いじめられたり、父親に虐待されたりしていた。事件に関わった人の中に強者はいるのか? と思ったのがきっかけ〉だという。たしかに本書で描かれる加害者たちはみな、あらゆる意味でとても弱い。傷つけられ、打ちのめされ、その結果つもりつもった鬱屈が、他者への攻撃として最悪の形で爆発する。その根幹にある親子関係のいびつさは決して特殊なものではなく、彼らの弱さもまた、人がみな平等にそなえているものだ。事件を追う白石にも、きっと。ただおそろしいだけでない、切なさとやりきれなさを孕んだ結末を、ぜひともその目で見届けて欲しい。
文=立花もも