【尾崎世界観インタビュー】濃密な対談が照らし出す、言葉を交わすことのかけがえのなさ『身のある話と、歯に詰まるワタシ』

小説・エッセイ

公開日:2020/8/6

 濃密な対話だ。ロックバンド・クリープハイプのフロントマン・尾崎世界観が、『小説トリッパー』で行なってきた対談連載が一冊にまとまった。ここに収録された対談はすべて、尾崎と対談相手、それに構成を担当するライターの3人だけで―すなわち〝密室〟で―収録されたという。

尾崎世界観さん

尾崎世界観
おざき・せかいかん●1984年、東京都生まれ。ロックバンド・クリープハイプのボーカル・ギターを務める。2012年、『死ぬまで一生愛されてると思ってたよ』でメジャーデビュー。16年に半自伝的小説『祐介』を上梓し、執筆活動でも活躍。著書に『苦汁100%』、『苦汁200%』、『泣きたくなるほど嬉しい日々に』、千早茜との共著に『犬も食わない』がある。

 

「インタビューを受けるときに、現場でパソコンをいじっている人がいたりするじゃないですか。それがすごく苦手で、興味がない人に聞かれたくないと思っていたんです。会話は、その場に5人いたら5人分の言葉に薄まってしまう。今回は文芸誌での対談連載だったので、いい意味で閉じた空間の中で、相手が自分だけに言葉を出してくれるような状況でやりたかったんです」

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 閉じた空間が生み出す濃密さは、バンドでライブを開催するときにも感じてきたものだ。いつでも「お客さんひとりひとりに向かって歌う」と意識してきたけれど、それでも10人の前で歌うときと1万人の前で歌うときでは感覚が大きく異なる。

「1年に1回、事務所の下にある小さなライブハウスでライブをやるんですけど、それがすごくやりづらいんです(笑)。そこにはよりコアなファンが観にくるので、2万人や3万人入っているフェスの会場でやるときとはまた違った緊張感があります。その緊張感は悪いものではなくて、自分にとって絶対に必要なものでもあるんですけど」

対談によって引き出された新たな感覚と、身のある話

小さい頃から、尾崎は質問するのが好きだったという。わからないことがあれば、すぐに誰かに質問してきた。だから、ゲストを迎えて話すことも性に合った。

「加藤シゲアキさんには同じような目線でしゃべって頂いて、神田伯山さんには気持ちよく転がして頂いて。那須川天心さんや尾野真千子さんには、まったく違う世界の話をして頂いて。身体で誰かにぶつかっていったり、誰かになりきったり―違う世界の話だからこそ、自分の感覚も引き出されました。椎木との対談は椎木との対談で、ちょっとボーナスステージみたいなところでした」

 本書の真ん中に位置するのは、金原ひとみとの対談だ。この対談だけはお酒を飲みながら収録されたものだという。

「金原さんとの対談は、すごく深いところまでたどり着けた感じがありました。『わかってくれてうれしい、ありがとう』とお互いを慰め合うのは嫌だったので、『どうせだったら今まで行ったことがないところまで行きましょう』と。僕も気づきが欲しかったし、金原さんにも自分の言葉が影響したらうれしいと思って、必死で言葉を探しましたね」

 金原との対談では、相通ずる部分を確かめながら、言葉の深度が増してゆく。それと対照的なのが最果タヒとの対談だ。「真逆の感覚を持った最果さんと話せたのは、すごく大きな経験だった」と尾崎は振り返る。

「最果さんと対談しているときは、自分はちゃんと言葉を出せているのかなという焦りもあったんです。でも、文章に仕上がると、ものすごく面白いものになっていた。違う者同士が話して、意見が食い違っているんだけど、それで成立する。そんな対談に仕上がったのは、相手が最果さんだからこそだと思います」

 尾崎は対談のホスト役としてゲストを迎える立場だが、事前に質問は用意しないように心がけていたという。あくまで密室の中から生まれてくる言葉に、神経を研ぎ澄ませた。

「対談は、イントロが長い感じがするんです」と尾崎は言う。「音楽的に言うと、要らないイントロがあることが多いから、いきなりサビで始まってもいいのにといつも思っていたんです。対談のフォーマットも崩したかったし、何より対談相手の方のファンが読んだとき、『こんな話、初めて読んだ!』と思ってもらえるものにしたかったですね」

 緊張感のある対話だからこそ、生まれる言葉がある。たとえば、最果タヒとの対談で、尾崎が「誰かに手紙を書くことはありますか?」と質問する場面がある。一見すると脈絡のない質問に見えるけれど、それをきっかけに、より深い対話が生まれてゆく。

「あの質問は、僕がインタビュアーだとしたらおかしいと思うんです。ただ、表現者同士として、言葉を変換して別の次元に飛ぶこともあると思うんです。それが普通のインタビューではなくて、対談するということなんだと思います。お互いの共通言語で別の次元に飛ぶ瞬間は、こっちも『ついていかなきゃ』とギアを入れるし、対話が立体的になっていく感覚がありますね。この対談はどれも穴を掘っていくような感じで、相手の方がまたちょっと違うところに目を向けるような言葉を渡せないかとずっと探ってました」

歯に詰まるワタシを、相手の中に残したい

 対談相手に、少しでも影響を与えたい。それが自分の「欲」だったと尾崎は振り返る。お互いのことを理解し合って終わるのではなく、これまでたどり着いたことがない深さで言葉を交わしたかったのだという。

『身のある話と、歯に詰まるワタシ』というタイトルにも、その思いが込められている。歯に詰まっていたアーモンドの一かけら程度のものでもいいから、対談相手に残る言葉を手渡したい、と。

「この本で話したようなことは、普段の生活の中では話さないようなことなんです。それがバンドのメンバーであったとしても、こんな話は面と向かって言わなかったりする。今回対談してくださった方々とも、普通に連絡先を交換して友達になって、お酒でも飲みながら『最近〜だよね』『でも頑張って行こうよ』なんて話す―それはそれで幸せだと思うんですけど、連絡先も知らないまま、緊張感を持って対話して、それを第三者に読んでもらえるものにする。そのことがすごく大事でした」

 書籍化にあたり、すべての対談を読み返したときに感じたのは、自分の言葉にブレがあるということだった。

「密室の中で話していたから、自分がそのとき思ったことを客観視せずに、そのまま相手にぶつけていたんだと思うんです。そこがすごく正直だなと思いました。この対談は3カ月に1回のペースで収録していたんですけど、3カ月も経てば感覚が変わる部分もあるし、相手の発する気持ちに自分が引っ張られていくところもあって。そのブレを、一冊の本にまとめるときに、自分で客観視しながら仕上げていく。そういう意味では、最後の対談相手は自分だったと思います」

 最後に対談が収録されたのは、今年の1月のこと。それから世界は様変わりし、誰かと密室で言葉を交わすことは難しくなった。そんな時代だからこそ、あらためて対話のかけがえのなさが浮かび上がってくる。

「これからの時代は、ますます言葉にしなければ伝わらなくなってくると思うんです。今まではなんとなく共通言語があって、お互いが察し合うことが良い関係だとされていたけれど。気を遣わずに済むことが、安心する関係だとされていたというか。でも、これからは気を遣わないことが難しくなると思うんです。一緒にいること自体、気を遣わなければいけないわけだから、より緊張感を持って相手に接しないと、コミュニケーションが成り立たない。相手に気を遣いながら、奥まで深く潜り込んで、そこで感覚として浮かんできたものを言語化していく。これからは誰しもその作業が必要になってくると思うから、この対談集は今の時代にリンクするんじゃないかと思っています」

取材・文=橋本倫史 写真=関根一弘


 

『身のある話と、歯に詰まるワタシ』

『身のある話と、歯に詰まるワタシ』
尾崎世界観 朝日新聞出版 1400円(税別) 執筆活動などでも活躍するミュージシャン・尾崎世界観による初の対談集。ゲストに名を連ねるのは、加藤シゲアキ、神田伯山、最果タヒ、金原ひとみ、那須川天心、尾野真千子、椎木知仁(My Hair is Bad)。ジャンルを問わず、尾崎が「今、話を聴きたい」と思った相手と“密室”で言葉を交わした、濃密な時間の記録。