前人未到! 比類なき才能の〈原点〉とは? 奈須きのこ独占ロングインタビュー

アニメ

公開日:2020/12/4

このインタビューは、雑誌ダ・ヴィンチ2020年9月号に掲載した内容を再構成しています。

『FGO』をはじめとする様々なスピンオフ作品が生まれ、いまや一大ユニバースを形成しつつある「Fate」シリーズ。その生みの親こそが奈須きのこだ。第1作目となるゲーム『Fate/stay night』という伝奇アクションはどこから生まれたのか。そしてそれは『FGO』にどうやって発展していったのか。膨大なテキストの海に命を宿す異才・奈須きのこが、その原点と現在を語る——。

【FGO6】AJ2019公開用コンセプトビジュアル

 

ゲームとして「Fate」として『FGO』として

 劇場版『Fate/Grand Order -神聖円卓領域キャメロット-(以下、劇場版『FGO』)』は、原作ゲーム『FGO』においても屈指の人気のエピソード「第六章」を劇場版アニメ化した作品だ。「第六章」のシナリオ担当者は、「Fate」シリーズの生みの親・奈須きのこ本人。彼にとっても『FGO』第六章は思い入れの強いシナリオになっているという。

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「ゲーム『FGO』第六章のシナリオを執筆していたのは、2016年。15年夏に『FGO』の配信が始まってから、自分が担当することが決まったんです。というのも実は、『FGO』の配信が始まる前に一度、第七章までシナリオはできあがっていたんですよ。でも、そのころはソーシャルゲームで何ができるのか、どこまで書いていいのかわからないまま作っていたので、ある意味でシンプルな内容になっていました。その初期シナリオに沿ってゲームのシステムも組み立てられていて、15年夏の時点では、第五章の途中までゲームが完成していたんです。でも、リリース後に序章や第一章をプレイしたユーザーさんからいろいろな反響をいただきまして。その様子を見て、第五章以降は『ソーシャルゲームのバランス』ではなく『Fate』として作り直すべきだと決断できました。とはいえ、サービス開始直後の急なハンドリングでしたから他ライターの方もそれぞれの仕事で手一杯だったので、自分が後半を受け持つしかない、という結論になったんです。全部書き直すしかない。第五章のてこ入れは担当ライターさんと一緒に完成していたものをリライトして、第六章と第七章を奈須の方で書き直させていただきました。そうやって作り込むことで、ソーシャルゲームのシナリオとしてやるべきこと、『FGO』としてやるべきこと、そして『Fate』シリーズとしてやるべきことという、3つのテーマを自分の理想的なかたちでまとめることができました。はからずとも、第六章は『Fate』シリーズの原点である『Fate/stay night』のアナザーストーリーのような立ち位置にもなりましたね」

『Fate/stay night』は16年前に奈須きのこが手掛けたビジュアルノベルゲーム。魔術師たちが過去の英雄たちを現代に呼び起こし、あらゆる願いを叶えることができる願望機「聖杯」を手に入れるために戦うという設定になっている。この「英霊召喚」の仕組みを使い、世界観をよりふくらませた作品が『FGO』。いわば『Fate/stay night』は『FGO』の原点なのだ。その『FGO』の第六章では、『アーサー王物語』でおなじみの円卓の騎士たちが登場する。この『アーサー王物語』は、『Fate/stay night』においても重要なキーワードのひとつ。

「『Fate/stay night』は、やはりアルトリア(アーサー王)が中心にあるし、そのキャラクターの在り方が『Fate』シリーズ全体の根幹になっています。第六章で円卓の騎士を出すことで、アルトリアのまわりには、どんな円卓の騎士がいたんだろうと考えてもらえる内容になりました」

劇場版『Fate/Grand Order −神聖円卓領域キャメロット−前編 Wandering; Agateram』

「Fate」シリーズの核心に迫る円卓の物語

 岩に刺さった宝剣エクスカリバーを抜いて、ブリタニアの王になったアーサーの伝説を描いた『アーサー王物語』は、日本でも屈指の知名度を誇る中世ヨーロッパ騎士道物語と言ってもいいだろう。奈須きのこという作家にとっても『アーサー王物語』は創作の源になっている。

「『アーサー王物語』は究極の立身出世ものなんですよね。王の血は引いているけれど、王宮の外部にいた青年が神剣に選ばれて王になる。そして一国を率いて、最後には滅びる。いわば王道のファンタジーなんです。自分が高校生くらいのころは、王道のファンタジーといえば『アーサー王伝説』かトールキンの『指輪物語』くらいしかなかった。小説家を目指していた高校生の自分は、山田風太郎先生が小説『魔界転生』で『日本の剣豪を江戸時代によみがえらせた』なら、自分は『世界の英雄を現代によみがえらせる』んだ!なんてミーハーな気持ちで小説を書き始めたんです。そうして書いたものが、ヒロインがかっちょいいアーサー王を現代によみがえらせて、新宿を舞台に戦うという80年代伝奇テイストのストーリーだったのですが、そのままお蔵入りして。闇に消えたわけです。最近、その病みから戻ってきましたけど(笑)」

高校生のころに書いた「Fate」の原点

「Fate(以下、旧Fate)」と名付けられ、ルーズリーフにシャープペンシルで書かれたこの小説は、のちに大きなムーブメントを生み出す「Fate」シリーズの原点となる。作家・奈須きのこの出発点だ。この「旧Fate」は、高校生の奈須きのこにとって3作めの長編小説だった。

「僕が小説を書き始めたのは、中学生のころ同級生だった武内(崇)くん(現TYPE-MOON代表)の影響なんです。当時、武内は菊地秀行先生の小説『魔界都市〈新宿〉』が大好きで、そのオマージュマンガを描いていたんですよ。それで『魔界都市〈新宿〉』を読むように勧められたんですが、当時の自分は小説よりもマンガが好きで。そこでマンガ版の『魔界都市ハンター』を読んだんですね。そうしたらむっちゃおもしろい。もっといろいろ読みたいと思っていたら、今度は菊地先生の小説『エイリアン』シリーズを薦めてくれて。それで『エイリアン秘宝街』から小説を読むようになったんです。そこから菊地先生の作品を探して、さまざまな作品を読むようになりました。同時に、自分も小説を書いてみたいと考えるようになりました」

 菊地秀行の作品で奈須のフェイバリットは「吸血鬼ハンターD」シリーズだという。

「『〜D』シリーズは、まさに自分のツボでした。詩的で、無常観があって美しい。菊地先生以外の作家さんも読みましたが、やっぱり菊地先生の文系なバイオレンスに憧れた」

 そうしていろいろな伝奇もの、ファンタジーものを読み広げていくうちに、最初のライトノベルのブームにめぐり合う。

「ライトノベルの『スレイヤーズ』に衝撃を受けたんです。神坂一さんによるライトな文体の読みやすさと、大どんでん返しがある展開、そして世界観の深さに驚きました。ここからますます小説家になりたいという気持ちが強くなったのだと思います」

そこで彼は満を持して長編小説に挑戦する。処女作は当時発売されたPCゲーム『ザ・スクリーマー』のスピンオフ作品だった。

「当時は自分のPCを持っていなかったので、ゲーム雑誌に書かれていた設定だけを読んで、退廃的なサイバーパンクな世界に憧れて書いたんです。その次にオリジナルで一本書いて、そのあとに書いたものが『旧Fate』です。でも、アーサー王を召喚して、佐々木小次郎が名乗りをあげるところまで書いたら満足しちゃって。柳洞寺の山門の戦いを書いたところで、書くのをやめちゃったんです(笑)。恥ずかしいですけど」

 執筆を止めた理由には、ちょっとした挫折があった。

「ずっと隣にいたライバルが、当時マンガ家を志していた武内だったんです。彼が描いているマンガを見ては、アクションシーンの多い伝奇ものというジャンルでは、マンガに小説は敵わないなと。血沸き肉躍るアクションを描写するときに、やはり絵の力には、文章では勝てないなと感じました。そういう諦めにも似た気持ちがあって、小説を書かなくなってしまったんですね。そうしてしばらくしたら、コンビニエンスストアの深夜のアルバイト中に入荷した文庫本を並べているときに、たまたま『十角館の殺人』に出会ったんです。表紙には『Murder of Jukkaku-Kan』……これはカッコいいと。アルバイトの終わった時間に『これを買っていきます』と言って、すぐに家にもって帰って。読んだらドハマりしちゃいました。ちりばめられた断片を、組み上げていくときの気持ちよさ。あふれ出るほどの情報を的確に整理していくおもしろさ。文章にしか表現できない可能性がそこにあって、そこから新本格ミステリに傾倒しました。新本格に溺れる毎日だった。いま思い返しても嬉しくなる、最高の青春時代です(笑)」

「Fate」から『Fate/stay night』へ

 長年のライバル武内崇は、新本格ミステリをむさぼるように読む奈須の変化に気づいていた。そして、奈須に再び小説を書くように誘ったのだ。

「『そろそろ遊ぶのをやめたら』と言われたんですよ(笑)。じゃあ、自分が好きだった伝奇もののカッコよさと新本格を組み合わせた作品を書いてみようと。そこで書いたものが小説『空の境界』でした」

 新本格ミステリに影響を受けた奈須が書き上げた『空の境界』(当時は『空の境界式』)はウェブ小説として、奈須と武内の同人サークルのホームページに掲載された。この作品はのちに講談社ノベルスで単行本化され、劇場版アニメとして製作されている。

「『空の境界』を書いた後、武内と同人サークルとしてビジュアルノベルゲーム『月姫』を作ったんです。『月姫』は多くの人から応援していただいたんですけど、個人的にはデビュー戦のご祝儀みたいなものだと思っていて。おもしろい部分が一部あることで拙さを許してもらえた作品だなと思っていました。じゃあ、次につくるものはみんなの期待を超えるものにしないといけないなと。そう思っていたときに武内が『「旧Fate」をもう一度やらないか』と言い出したんです。忘れもしないコミケの帰りの地元に戻るJR総武線の中でした。『セイバー(アーサー王)を女の子にしてゲーム化したいんだ』と。頭がクラクラしました」

 武内は、奈須が途中で書くのをやめた「旧Fate」を読んでいた。また当時、武内の兄弟までもが奈須から「旧Fate」の結末までの構想を聞いていたというから面白い。そんな経緯もあり、ことあるごとに武内は「『旧Fate』の続きは書かないの?」と奈須に尋ねていたというから、きっとこの作品に大きな可能性を感じていたのだろう。

「自分としては、一度伝奇小説を諦めた立場ですし、正直ボーイ・ミーツ・ガールはもう良いかなと思っていたんです。でも、武内からは『世の全ての伝奇作家に謝れ』的なことを言われて(笑)。じゃあ、やるからには伝奇アクションマンガの3倍おもしろいプロットにしようと。そして80年代ではなく、現代にアップデートしたものにしようと思ったんです」

『Fate/stay night』で描いた円卓の騎士たち

 そうしてTYPE-MOONの第2作となる『Fate/stay night』の制作が始まった。奈須は「旧Fate」から『Fate/stay night』にアップデートを図った。

「アップデートしたところは、まずゲームとしてマルチルートにしたことです。ひとつめのルート『Fate』は勧善懲悪もの。『人生を支える美しいものとは何だろう』ということを描いたボーイ・ミーツ・ガールですね。でも『それ(美しい)だけじゃ人生やっていけないよね』ということでふたつめのルート『Unlimited Blade Works』がある。そこからさらに『でも現実で生きるってこういうことだよね』という最後のルート『Heaven’s Feel』を用意して。物語を多重構造にして、いろいろな価値観を提示していこうとしたんです。ゲームはトライアンドエラーができるもので、自分の意志で行動を選択できる。それを踏まえたうえでの物語を提供できたら楽しいだろうなと。『Fate/stay night』では、『月姫』ではやれなかった、自分との対決(Unlimited Blade Works)という部分に踏み込めたと思います」

 日本の地方都市で、万能の願望機「聖杯」をめぐり七人の魔術師と七騎の英霊が戦う「聖杯戦争」が行われる。偶然ひとりの剣士の英霊を召喚してしまった少年は、この「聖杯戦争」に巻き込まれていく……。2004年、武内と奈須の同人サークルTYPE-MOONはビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』を商業化作品として発売した。この作品は異例の大ヒットを記録すると全ルートがアニメ化(TVシリーズ2作、劇場版2作)され、大きなムーブメントになった。そして、そのアニメ化に合わせて奈須きのこが書き下ろした短編小説が『Garden of Avalon』。アルトリア(本作のアーサー王)と円卓の騎士たちの物語である。

「TVアニメ『Fate/stay night[Unlimited Blade Works]』のBD-BOXが発売されるときに、アニプレックスの黒﨑静佳プロデューサーから『円卓の話が読みたい』と言われたんですよ。たしかに[Unlimited Blade Works]では、アルトリアの話をほとんど書いていない。『Fate/stay night』のほかのルートを知らずに、アニメの[Unlimited Blade Works]を見た人は、彼女のバックボーンがよくわからない。そこで彼女のバックボーンを知ってもらうには特典小説がちょうど良いだろうと。ただ、円卓の騎士を描くということは『Fate』シリーズの根幹にかかわる話でもある。アルトリアが英霊になる前の生きていたころの時代を書かなくてはいけない。いつかは書かねばいけない物語だなと思っていたものを、今書くのか?と。それで武内に相談したら「すごいな、黒﨑さんは。オレの口からは絶対に、今の過密スケジュールの奈須にそんな大仕事頼めない」と。黒﨑さんのオーダーは編集者のオーダーであり、同時にユーザーの声でもあった。『スケジュールが厳しいのは分かります、でも読みたいんです』という、強い熱意と欲望があった。『無理無理無理、どこにも空きがない』と思いながら、とても嬉しかったので書くしか無いなー、と無茶をした覚えがあります」

坂本真綾の歌の力で書けた第六章

劇場版『Fate/Grand Order −神聖円卓領域キャメロット−前編 Wandering; Agateram』

 この短編小説『Garden of Avalon』はのちにドラマCD化され、円卓の騎士たちには声優がキャスティングされた。ベディヴィエール役を宮野真守、マーリン役を櫻井孝宏……。のちに描かれる『FGO』第六章のキャスティングがここで決まっているといえるだろう。

「このときに『Garden of Avalon』を書いたことが、『FGO』の第六章の執筆に大きく影響しました。『Garden of Avalon』を書くために用意したいろいろな設定が、BD-BOXに付属する短編小説では収めきれなかった。結果的に『FGO』の第六章のシナリオを自分で書くことになって、その円卓の騎士たちの設定をかなり織り交ぜることができました。第六章ではベディヴィエールを軸に円卓の騎士たちがアルトリアに何を思っていたのか。『Fate/stay night』では書けなかった物語を書けたと思います」

「旧Fate」から『Fate/stay night』、そして『Garden of Avalon』という約30年にわたって設定されてきた円卓の騎士たちの姿。その膨大な情報量が詰まった『FGO』第六章の文字数は600kb(約12万文字)。その文字量は、小説の文庫本一冊を越えている。

「2015年の12月から2016年の2月、ちょうど、『SW1』『空の境界コラボ』が自分の担当だったので、これが終わってから第六章の執筆に入るスケジュールでした。それで、いよいよ執筆開始だぞ、というタイミングで坂本真綾さんのライブにお邪魔したんですね。そこで坂本さんがライブで『レプリカ』を歌われていたときに、この曲の雰囲気で最終決戦ができたら良いものになると稲妻が走った。『悲しい物語』のまま、『晴れやかな物語』にするんだと。ベディの最後の戦いがよりよいものになったのは、間違いなく坂本さんの歌の力のおかげです」

 第六章が配信されたあと、ユーザーの反響で興味深かったのは、ある円卓の騎士のキャラクターに関わる意見が多かったことだ。その円卓の騎士は、この第六章でユーザーたちの前に立ちはだかり、圧倒的な強さでユーザーたちを倒す難敵だった。

「ソーシャルゲームはよく『ユーザーにストレスを与えてはいけない』『ゲームの進行が詰まるようなイベントは入れてはいけない』と言われるのですが、自分はゲームユーザーでもあるので、どうしても『RPGは小説ではない。プレイヤーが苦難を乗り越えていく事がより強い没入感に繋がる』と感じていた。なので第六章からは、『ストレスのない敵』ではなく、『物語上、説得力のある強敵』を出したいと提案させていただきました。当然、運営側のスタッフからは反対意見があったんですけど『マイナスばかりを考えないで、これをやることでプラスになることを考えてほしい』という話をして。この難所を乗り越えたユーザーさんがきっと『FGO』を育ててくれると説得したんです。……ホントのところ、自分でも絶対の自信はなくてギャンブルではあった。その結果は自分が思った以上のものでした。ユーザーさんを信じて、本当に良かった」

そして第六章の物語は劇場版アニメとして

劇場版『Fate/Grand Order −神聖円卓領域キャメロット−前編 Wandering; Agateram』

 劇場版『FGO』は前・後編という2本の映画として公開される。今回の劇場版アニメ化について、奈須はどのように考えているのだろうか。

「やはり第六章には思い入れがあるので、劇場版アニメにしたいという話を伺ったときは、嬉しさ半分、不安半分でした。『FGO』のアニメとするのか、第六章のアニメにするのかで大きく変わるだろうなと思っていたんです。そうしたら先に第七章『Fate/Grand Order -絶対魔獣戦線バビロニア-』のTVシリーズが『FGO』全体の空気感をアニメにしてくれた。そして劇場版『FGO』では第六章を断章として切り取ってアニメにしてくださることになったんです。しかも、Production I.GさんとSIGNAL.MDさんの高級な空気感でエルサレムを描いてくださっている。劇場版『FGO』はひとつの独立した作品になれば良いなと思っています」

 気になるのはボリューム感だ。今回は大ボリュームのシナリオを誇る第六章を前・後編の2部作で公開することになっている。

「劇場版前後編といえども3時間でやるからには、多くの要素をそぎ落とすしかありません。それが『第六章』と言えるのか、という疑問もあった。でも、この劇場版の前に舞台版の『Fate/Grand Order THE STAGE -神聖円卓領域キャメロット-』があったんです。これは本当に目を剥くような舞台だった。約2時間で第六章が収まっている。演劇は歌も入るので本来は20分かかるシーンでも一曲5分で表現できる。そういうメディアならではの違いはあるものの、演者さんの迫真の芝居と福山桜子さんの演出がすばらしくて、観客も本気で楽しめる空間になっていたんです。今回アニメ版をつくるにあたり、舞台版は素晴らしい手本になってくれました。ベディヴィエールを中心においたドラマとしても、十分に『第六章』として成立するんだと」

 劇場版『FGO』前編はすでにアフレコが終了した。奈須もその場に立ち会い、各キャストたちの演技を見ている。

「宮野(真守)さんが演じるベディヴィエールが男らしくて、熱血度が上がっているところが印象的でした。限られた尺の中で映像と音の演出が加わるので、おそらくゲームのころのベディの演技だと埋もれてしまう。そこを踏まえて、少し上げ気味で演じてくれていた。『ベディがベディのまま、主人公になってくれた』という印象を受けました。奈須の中では『ベディは立場上、主人公になれない主人公』という位置づけだったのですが、今回のベディはその位置づけのまま『頑張っている』ように感じました。他の円卓としのぎを削るところも悲壮感がありながらも歯を食いしばっていて、すごく応援したくなる!」

 アフレコでは藤丸立香役の島﨑信長も熱演。現場を盛り上げていたという。

「島﨑さんは、TVシリーズの第七章の収録でも、参加したキャストさんに『FGO』の設定を丁寧に説明してくれたんです。今回もそうやって宮野さんを始めとするキャストさんに接してくれてとてもありがたかった。そういう作品の世界観って、監督や脚本サイドから説明すると、やはり上座からの声みたいに聞こえてしまって、押しつけがましくなる危険がある。でも、島﨑さんがキャストという同じ立場で説明する分にはちょうどいい塩梅になっているというか。島﨑さんの説明をしっかり聞いても良いし、必要なところだけを聞いてもいい。そういう熱を受けて現場も盛り上がってくれる。いいことしかないですね!(笑) 島﨑さん本人も『ユーザー』である事と『役者』である事をきっちり分けていらっしゃるので、そこも信頼できる点だと思います」

 劇場版『FGO』のひとつの特徴は前編と後編のメインスタッフが違うことだ。前編の監督は末澤慧、後編の監督は荒井和人。どちらも若手の実力派アニメーターとして、数々の作品で圧倒的な映像を手掛けている。

「監督はふたりとも個性的な方です。前編の末澤さんは熱い氷みたいなキャラ。後編の荒井さんは熱い炎みたいなキャラ。末澤さんはすごい責任感と描きたいビジョンをお持ちで、少しでも引っかかるところがあれば、そこを直すことに妥協をしない。荒井さんは超ハイテンションで『超良い作品にするっすよ!』と豪語していて、実際にすごい映像をつくっている。自分を追い詰めながらハイクオリティな映像をつくる監督と、楽しみながらハイテンションな映像をつくる監督……。それでいて、ふたりとも仲良しなところがおもしろい。お互い『自分の攻撃範囲』が違うものだから、ぶつかり合わず切磋琢磨できるのかな、と。そんなふたりのつくる個性的なフィルムがちゃんと前編と後編でつながっている。どちらも映画という巨大なスクリーンにあわせて、かなり大きな絵作りをしてくださっている。どこまでも続く荒涼とした砂漠を劇場で見られるときが来るのを楽しみにしています」

取材・文:志田英邦

奈須きのこ
なす・きのこ●千葉県出身。作家、シナリオライター。ゲームブランドTYPE-MOONで『月姫』『Fate/stay night』などを手掛ける。小説家としても『空の境界』『DDD』などを発表。『空の境界』は全7章+3作で劇場版アニメ化され、話題となった。『Fate/Grand Order』では自ら筆を執りつつ、全話のシナリオ監修を担当している。

『月姫』

奈須きのこが物語を紡ぐTYPE−MOON、そしてFateとは?

 TYPE-MOONの歴史は、奈須きのこと武内崇が中学生のころに出会ったことで始まった。創作同人作家として活動し、ゲーム会社に勤めていた武内は、小説家を目指していた奈須とともに同人サークル竹箒を結成。小説『空の境界』などを発表する。そこにプログラマー清兵衛と作曲家KATE(芳賀敬太)が加わり、同人サークルTYPE-MOONとして2000年に処女作のビジュアルノベルゲーム『月姫』を発表する。このゲームは大ヒット作となり、同人サークル渡辺製作所とコラボレーションして対戦格闘ゲーム『MELTY BLOOD』をリリースするなど話題となった。04年に商業化作品としてビジュアルノベルゲーム『Fate/stay night』を発表。アニメ化やスピンオフ作品を次々と展開し、さらなる大きなムーブメントを生み出した。12年にはビジュアルノベルゲーム『魔法使いの夜』をリリース。19年にはstudio BBといった新たなスタジオを設立した。現在『月姫リメイク』の制作を発表している。