大反響を呼んだフェミニズム特集が単行本に。日韓・人気作家たちによる豪華短編集!

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/3

『小説版 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)

 2019年、『文藝』秋季号が特集した「韓国・フェミニズム・日本」は大きな反響を呼び、創刊以来86年ぶりの3刷を記録した。『小説版 韓国・フェミニズム・日本』(河出書房新社)は、その特集の単行本化第2弾である。執筆陣には、日本でもベストセラーとなった『82年生まれ、キム・ジヨン』のチョ・ナムジュ氏や、初邦訳となる覆面SF作家デュナ氏らに加え、西加奈子氏や深緑野分氏など日本の人気作家たちが名を連ねる。フェミニズム、日韓関係、差別…これらは決して一朝一夕に語れるものではない。もしかしたら、“フェミニズム”というタイトルを見ただけで尻込みする人もいるかもしれない。ただ、本作はまず、物語を楽しむために手に取ってほしい。フェミニズムの“今”を考える素材となるのはもちろんのこと、それを抜きにしても、日韓の最前線で活躍する豪華執筆人たちによる力作が、一度に12編も読めるのだから。
 
 短編集の冒頭を飾るのは、チョ・ナムジュ氏の「離婚の妖精」(小山内園子・すんみ訳)。韓国のとある2つの家族の、互いの妻と娘たちによる密やかな離婚作戦が痛快な1編だ。片方の一家に出てくる夫がとんでもないモラハラ夫なのだが、その描写のリアルさに思わずページを繰る手が止まらない。一方で、妻も娘も、モラハラ夫に虐げられるばかりではない。そういった女性たちを“かわいそうで不幸な存在”として描かないのが本作の美点だ。

〈どうして私たちが不幸で、戸惑って、悲しんでるって勝手に思うわけ?〉

 この作品に限らず、本短編集の物語はどれも“加害者に虐げられる被害者の叫び”のような、一方的な図式に登場人物を押し込めたりはしない。何といっても物語の多彩さが魅力なのだ。イ・ラン氏「あなたの能力を見せてください」(斎藤真理子訳)のように、“性別とは一体なんだ?”を問うド直球さが突き刺さるものもあれば、人々が“冬眠”をするようになった世界で、語り手が夢と現の世界を行き来するパク・ソルメ氏「水泳する人」(斎藤真理子訳)といった幻想的な作品も。記憶を人から人へ運ぶ虫に感染したせいで、女性が女性に恋心を抱き始めるデュナ氏「追憶虫」(斎藤真理子訳)といったSFまでが並ぶ。

 SFといえば、パク・ミンギュ氏「デウス・エクス・マキナ deus ex machina」(斎藤真理子訳)が奇想天外で印象的。ある日突然“神”なる存在が地球に降臨し、地球上の大陸を凌辱していく。えげつない神の所業の前に、人類はどう立ち向かうのか? 人種差別や性差別…どころじゃなくなった世界は、果たしてひとつになれるのか? 奇想天外でありながらあまりにクールに描写される物語に、思わず笑ってしまうことも。しかし、ここで“神”を現在の新型コロナウイルスの脅威に置き換えてみるとゾッとする。

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 本短編集は、“虐げられる者”から“虐げる者”へのメッセージのみならず、誰もが被害者にも加害者にもなりうることを示す。何気ない一言で、あるいは無知によって誰かを傷付けたときは、逃げず、言い訳せず、何が問題なのかいったん立ち止まって考えること――そういった姿勢に気づかせてくれる。

文=林亮子

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