ツイッターを捨てた作家・住野よるの今。sumika、THE BACK HORN…ターニングポイントとなったバンドとの活動について

小説・エッセイ

公開日:2020/8/23

 大ベストセラー『君の膵臓をたべたい』でデビューした住野よるが、作家生活5周年を迎えた。ターニングポイントとなった第5作『青くて痛くて脆い』の実写映画の公開(8月28日予定)も控えている。つい先日、小説により一層専念するため10万フォロワーのツイッターのアカウントを捨てた作家は今、何を考えているのか?

住野よるの誕生日は、2015年6月21日

 その日、デビュー作となる単行本『君の膵臓をたべたい』が全国発売された。同作はもともと、小説投稿サイト「小説家になろう」で無料公開されていた作品だ。当時のペンネームは夜野やすみ。単行本化の際に、ペンネームを改めた。それから、1歳、2歳、3歳、4歳……。去る6月21日、住野よるは5歳になった。

「“まだ2歳だから”とか“まだ3歳だから”と言えば、自分のできていないところとか、大目に見てもらえるかなと思ったんですよね(笑)。ただ、そうやって言ってきたからこそ、5歳ってもうそこそこ個人の人格だとか、責任が問われてもいいタイミングだな、と。だって、クレヨンしんちゃんと同じ年ですからね(笑)」

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 作家生活5周年を突破した今、特別な感慨を抱いている、と言う。

「まさか5年も作家を続けているとは思いませんでした。基本的にデビュー以来ずっと“いつやめてもいい”という感覚だったんですよね。ただ、ここ半年ぐらいで“まだ続けていたい”ってフェーズに入ったんです。ようやく住野よるが自分のことだ、とちゃんと理解し始めたんですよ」

 その言葉の意味を知るために、誕生した頃の思い出から振り返ってもらおう。

住野よる、は別物でばけものだと思った

 デビュー作は発売後たちまち大増刷を重ね、文庫版と合わせて累計280万部突破のメガヒットとなった。新しいベストセラー作家登場のニュースは、瞬く間に世間に広まる。だが──「住野よるは自分のことじゃない」。

「本が出たことで、自分と住野よるの乖離が始まったんです。まず、『君の膵臓をたべたい』の初版の数字がデビュー作としてはあり得ない多さだったということも知らないんですよ。しばらく経ってやっと普通じゃないってことに気がついて、そうしたら一気に“自分はそんな評価を受ける人間じゃないのに”って反動がきたんです。でも、その後も自己評価と部数はどんどんかけ離れていく。隣の部屋で住野よるが祭り上げられていくのを、僕はぼーっと聞いてるって感覚だったんですよ。住野よるは、自分だけれども、自分じゃない。別物で、大人達に育てられたばけもの、だと思っていた」

……そんなふうに気持ちが綺麗に分離できていたら、もっとラクだったのだ。

「『膵臓』が知られていくのと比例して、けなされることも多くなってきたんです。不思議なことに、褒め言葉は住野よるに向けられたものだからねって思うけど、けなされる言葉は、自分自身がけなされているって感じるんです」

 実写映画化(2017年7月公開)によって、発行部数はさらに跳ね上がった。そして、乖離の感覚は「頂点に達した」。

「できあがった完成品がどうかっていうことよりも、映画ができあがるまでのプロセスで、自分がきちんと向き合うことも対処することもできなかったことを後悔した。その結果、映画化によって確かに部数は伸びたけれども、『膵臓』が住野よるや大人達に利用されてかわいそうだ、と思ったんですよ。住野よるや周りの大人達から、僕が『膵臓』を守らなきゃと思ったんです。だからあの頃は、もう小説も映画も誰も見なくていいって思ってしまっていました」

 第2作『また、同じ夢を見ていた』は、デビュー前にほぼ書き上げていた。デビューしてから書き出し、初めて完成させた第3作『よるのばけもの』には、「住野よるという、ばけもの」の存在が物語に反映されている。主人公の男の子は、昼間は普通の中学生だが、夜になると強制的に巨大なばけものになってしまう──。

「デビューした頃は手乗りサイズくらいだった住野よるが、どんどん膨らんでいって、巨大なばけものになってしまったと感じていたんです」

 第5作『青くて痛くて脆い』は、大学内で巨大化し就活サークルになったモアイを、サークル創設者の一人である主人公がぶち壊そうとする物語だ。

「『青くて痛くて脆い』は、『膵臓』の実写がなければ生まれなかったと思います。楓にとってのモアイが、僕にとっての『君の膵臓をたべたい』です。想像していたのとは全く違う方向で大きくなってしまったものに対する、強烈な疎外感だとか、そこからの心の決着のつけ方を探った話なんです」

 ここには、アンビバレントな現実が横たわっている。住野よるが巨大化したことで、心が押し潰されそうになった。しかし、その経験をしたからこそ、『よるのばけもの』が生まれ、『青くて痛くて脆い』が生まれた。

「世の中の人がなかなか体験できないようなマイナスな感情を抱かせてもらえたからこそ、書けた小説だなと思います。でも自分の話じゃなくて、きちんと物語にしたかったんです。もし歌だったら自分の感情をそのまま言葉にして、メロディに乗せて直接伝えることができると思うんですよ。でも、小説を読むっていうことは物語を読むことだし、メッセージ性よりもエンタメ性のほうが僕は重要だと思っているので、自分のナマな感情を、エンタメの物語に作り変えなければならない、という意識は忘れないようにしました」

『青くて痛くて脆い』かけ替えカバー秋ver./イラスト:ふすい
『青くて痛くて脆い』かけ替えカバー秋ver./イラスト:ふすい

 

住野よるとの乖離が解消されたきっかけ

 住野よるとしての5年間は、「住野よる」の存在を持て余し、けれどなんとか和解しようと試みる日々だったのだ。そこに一つのブレイクスルーがもたらされたのは、2018年9月に公開された劇場アニメ『君の膵臓をたべたい』。主題歌を書き下ろしたバンド・sumikaとの邂逅だ。

「sumikaがテレビ番組に出演しておられました。リアルタイムで番組を見ていたんですが、インタビューでアニメ『君の膵臓をたべたい』の曲達について質問があったときに、意訳ですけど“ポップな中に一滴の毒を混ぜるという点は、原作者の住野よるさんと繋がっていたかなと思います”とおっしゃってくれたんです。その瞬間に、自分の感じていた疎外感が解けた気がしたんですよね。映画化においてずっと自分は蚊帳の外にいた気がしてたんですが、ちゃんと繋がりを見てくれる人達もいるんだと感じられたんですよ。あの時から、僕と住野よるの乖離が、ちょっとずつなくなっていったのかもしれない」

 2度目のターニングポイントは、その直後。今年8月28日から全国で公開される映画『青くて痛くて脆い』のプロデューサーとの出会いだ。

「2人おられるんですが、この人達とちゃんと話してみよう、と思ったんです。もともと『青くて痛くて脆い』は本が出た時に、BLUE ENCOUNTの曲を使って広報用のPVを作らせてもらっていたので、最初の打ち合わせで、もし映画を作るならば、主題歌はBLUE ENCOUNTにまず声をかけてほしいとお伝えしたんです。そうしたら次にお会いした時に、“先週末フェスに行ってブルエンを見てきました”と。“彼らと彼らのファン達を見て、住野さんが主題歌をお願いしたいと言った意味がわかりました”とおっしゃってくださったんです」

 今回の映画化では、これまでのメディアミックスではしてこなかったことを、原作者としてリクエストした。それを受けてくれたのも、有り難かった。

「脚本についても、最初から最後まで参加させてもらいたいということをお願いしたんです。1回につき数時間の脚本会議を、月1ペースで1年近くやりましたね。先方的には、僕がいないほうが絶対ラクだったと思うんです(苦笑)。でも、ちゃんと話を聞いてくれて、“映画的にはこのシーンはこういう意図があります”と逐一説明もしてくださった。嬉しかったのが、例えば“原作にあるこのシーンは映画では描きませんけど、この時の秋好はどう思っていたんですか?”と。描かないシーンのことを質問してくださるのって、登場人物をただの物語の装置だとは思っていないからじゃないですか。“登場人物にはそれぞれの人生がある”ってことを考えてくださっているんだなと思って」

 さらなる決定打となった3度目のターニングポイントは、敬愛するバンド・THE BACK HORNとのコラボレーション企画となる最新長編『この気持ちもいつか忘れる』を完成させたことだ。『週刊新潮』2018年9月27日号~19年8月1日号にかけて連載された本作は、加筆修正を施し、今年9月の刊行が予定されている。

「THE BACK HORNが曲を作るのと、僕が小説を書くのを同時進行で進める。それを渡し合って、またお互いの作品を練り上げました。THE BACK HORNと一緒に何かやりたい、というのは僕の中の一つの夢だったんですよ」

 自らの意思で夢を「叶えた」のだ。

「『この気持ちもいつか忘れる』は、初めて自覚的に、ちゃんと恋愛を書いてみようと思った話です。恋愛ではありながら、僕がこれまでずっと書いてきた“2人の間にしかない関係性”というものを、突き詰めた話になりました。個人としては集大成的ですが、刊行される本の形態は、初の試みになります」

 住野よるだから、それができた。

住野よるっていう名前と、以前のような距離は感じません。少なくとも自分が動き出さなければ生まれなかった存在なので、生み出したからには最後まで責任を持って付き合わなければいけない、と思うようになりました。多重人格の一つ、ですかね(笑)。まだまだ、住野よるとして書きたいものもいっぱいあるんですよ」

『麦本三歩の好きなもの』夏帯/イラスト:HAI
『麦本三歩の好きなもの』夏帯/イラスト:HAI

 

フェーズを変えた作品は『青くて痛くて脆い』

 さきほど本人は“2人の間にしかない関係性”を小説でずっと書いてきた、と語っていた。それ以外にも、「自分はこうであらねばならない、と自分で自分を縛ってしまう自意識」も、住野よるが書き続けてきたものの一つだ。それが、“2人の間にしかない関係性”を体験することによって変容する、そんな物語を。

「『膵臓』と『また、同じ夢を見ていた』と『よるのばけもの』は、自分の中で〝春の花3部作〟と呼んでいるんです。ヒロインの名前が桜良、奈ノ花、さつきと春の花の名前なんですよね。その後に自分なりのラノベ感を思いっきり出した『か「」く「」し「」ご「」と「』を1冊挟んで、『青くて痛くて脆い』が出ました。これと『この気持ちもいつか忘れる』、そしてその次に双葉社から出る長編は〝秋の植物3部作〟なんですよ。主人公の名前が楓と、香弥、もう一人はまだ内緒です」

 春の3部作と秋の3部作の区切り目は、作家の中で明確に意識されている。

「春の3部作はほとんど自分ひとりで作ったものなので、僕自身の内省が主人公に色濃く反映されていると思います。象徴的だなと思うのは、デビューからの2作の主人公は作中で本をよく読むんです。自分が本が好きだから、本を読む子を主人公にしていた。でも、本をよく読む主人公ばかり出してても、本を普段読まない子達に共感されづらいんじゃないかなって思ったんですよね。それは嫌だなと思って、『よるのばけもの』では主人公じゃない子が読書家の位置づけになり、『青くて痛くて脆い』では本の話題はほとんど出てこない。その違いは、実は結構大きかったんじゃないかなと思っています。もう一つ、『青くて痛くて脆い』以降明らかに違うのは、僕だけで作ったんじゃないってことですね。『青くて痛くて脆い』は担当さんと何を書くか打ち合わせるところから始まっていますし、『この気持ちもいつか忘れる』はTHE BACK HORNとのコラボが出発点でした。双葉社の次の長編も、まだ言えませんが、とある提案を受けたことからスタートしています。物語の中に最初から、“外”を取り込んでいる。だから社会と接触している感じがするのかな、と思うんです」

 そうは言うものの……。

「いや、書いていることはあんまり変わってないかもしれない。全然、自意識から抜け出せていない!(笑)。僕、担当さん達とよくケンカをするんですけど、一緒に作った物語の中で説かれていることを全く理解してないような言い争いをするんですよ。人間関係やコミュニケーションのことについて“こういう言い方をすればよかったんじゃない?”“こういう考え方できたらラクだったんじゃない?”って、主人公達が葛藤しながら獲得した言葉を誰よりもよく知っているはずなのに、“2人とも、この本読んでないんじゃない?”って(笑)。でも、現実では同じような間違いを繰り返しちゃうからこそ、小説を書き続けているんでしょうね。担当さんとケンカしなくなった時が、筆を折る時かもしれません」

20年後も若手と並び立つエンタメ作家でありたい

 春の3部作でも秋の3部作でも、自己の内面を掘り下げていく作業は変わっていないのだ。そんななか、一服の清涼剤となっているのが、昨年3月に『麦本三歩の好きなもの』というタイトルで第1巻が刊行され、今も書き続けている〈麦本三歩〉シリーズだ。

「他の作品からの反動みたいな感じで、三歩があるんだと思うんです。自分を掘り下げるというよりは、三歩を通した実感をポンと出せている、“偽エッセイ”みたいだなと思っているんですよ。三歩があることで、作家としてのバランスが取れていいのかなと思います」

 だから……冒頭の結論に戻ってくる。これからも作家を続けていたい。できれば、末長くずっと。

「今は、20年後も若手と並び立つエンタメ感を持った作家になりたいって思っています。老獪な戦術は身に付けたくない。20年後の若手と、グローブなしで足を止めて殴り合えるエンタメ作家でありたいです。僕が好きな先輩作家さん達がそうなんですよ。難しいことだと思うんですが、ちょうどこの間も、担当さんと“最近あんまり苦しんでないんで、もうちょっと苦しみたいんですよね”って話をしたところなんですよ。その担当さんは、『青くて痛くて脆い』を一緒に作った人なんですけど。僕の本を読んでもらって、読者さんにいい影響を与えたいとか全く思わないですけど、何かを考えるひとかけらのきっかけにでもなったら、それはすごく嬉しいことだなと思います。そのためにも、僕は担当さんと争いを続けていきます(笑)」

取材・文=吉田大助

住野よる的なんでもベスト5

 デビュー5周年にちなみ、読者のみなさんから募集したお題について、住野さんのベスト5をお答えいただきました!

自分の小説の中でなりたいキャラクターベスト5

1.麦本三歩(『麦本三歩の好きなもの』)
2.ミッキー(『か「」く「」し「」ご「」と「』)
3.優しい先輩(『麦本三歩の好きなもの』)
4.小柳奈ノ花(『また、同じ夢を見ていた』)
5.董介(『青くて痛くて脆い』)

「三歩がぶっちぎり1位ですね。自分のことを褒めることができて、自らのありかたを認められる三歩の人間性は、僕がこの5年間抱え続けてきた悩みの裏返しです。ミッキーは、自分が時に何も考えてないことを恐れていない。周りから頭がいい人だねって見えるように、ウソをついたり取り繕ったりしない。強いです。かっこいいです」(住野さん)

自分の中での贅沢ベスト5

1.飛行機でライブ遠征する
2.自分のお金で焼肉を食べる
3.飲み屋さんでワインをボトル注文する
4.千円以上するカレーを食べにいく
5.ちょっといいTシャツを買う

「沖縄とか北海道とか、ライブ遠征するのが自分へのご褒美ですね。作家は仕事の調整がある程度利くので、この仕事で良かったな、と。『膵臓』を出したからか焼肉をおごってもらえることが結構あって、自分のお金で食べた時は贅沢だなと思います(笑)。5千円のTシャツを買うより千円するカレーのほうが自分にとって贅沢なんだなと、今回初めて気づきました」(住野さん)

お酒を飲みながら聴きたい曲ベスト5

1.「ヘベレ・ケレレ・ヨ~」(怒髪天)
2.「酒燃料爆進曲」(怒髪天)
3.「鬼殺し」(a flood of circle)
4.「RISE AGAIN」(THE CHERRY COKE$)
5.「宜しく候」(怒髪天)

「全部酒のことが歌詞に出てきますね。怒髪天は、酒にまつわる曲ばっかり集めたアルバムを出しているぐらいなんですが、その中でも『ヘベレ・ケレレ・ヨ~』は、本当にザ酔っぱらいですよね(笑)。酒は、最近は家で飲んでいます。ライブハウスで飲む酒も最高なので、またそういう日常が戻ってくるといいですね」(住野さん)

ストレス発散方法ベスト5

1.酒
2.寝る
3.ライブを見に行く
4.もやっとしたことを元に小説の設定を作る
5.担当さん達に最近思ったことをメールする

「1、2、3はわりにインスタント。4、5は効果は高いんですけど、結構手間がかかります。『青くて痛くて脆い』なんかはまさに4ですね。むしゃくしゃを、担当さん達に超長文のメールで言ってしまうのも、スッキリはするんですが、迷惑だろうなと思うのでたまにしかしません(笑)」(住野さん)

すみの・よる●高校時代より執筆活動を開始。デビュー作『君の膵臓をたべたい』がベストセラーとなり、2016年の本屋大賞第2位にランクイン。他の著書に『また、同じ夢を見ていた』『よるのばけもの』『か「」く「」し「」ご「」と「』『青くて痛くて脆い』『麦本三歩の好きなもの』。最新刊は、『この気持ちもいつか忘れる』(9月16日発売予定)。