一条ゆかりも登場! 少女漫画の黎明期を駆け抜けた漫画家の一代記『松苗あけみの少女まんが道』

マンガ

公開日:2020/8/12

松苗あけみの少女まんが道
『松苗あけみの少女まんが道』(松苗あけみ/ぶんか社)

 私がよく少女まんがを読んでいたのは1990年代後半だった。

 本屋に行くと、たくさんの女性向け漫画がずらっと並んでいたのを覚えている。どうしてそんなに女性向け漫画が一般的だったのか、子どもだった私は考えたこともなかった。少女漫画は物心ついたときから身近なものだったからだ。

 私の子ども時代、女性の漫画家が描く少女漫画が増え続けていた理由は、70年代、80年代にデビューした少女漫画家たちの青春時代にあった。

advertisement

『松苗あけみの少女まんが道』(松苗あけみ/ぶんか社)では、ひとりの少女漫画家がヒット作を生み出すまでの過程がギャグテイストで描かれている。それだけではなく、女性の漫画家が活躍する道を切り開いた70年代デビューの少女漫画家たちの青春を知ることができる。

 70年代前半、萩尾望都さん、竹宮惠子さんといった「花の24年組」と呼ばれる昭和24年前後に生まれた少女漫画家が続々とデビューし、女性向け漫画では誰も扱っていなかったテーマをどんどんと開拓した。

 当時、本書の著者である松苗あけみさんは漫画が大好きな子どもだった。小学校高学年になると漫画を卒業するのが当たり前とされていた時代だったが、松苗さんは10代になっても漫画を読み、描き続け、高校では漫画研究同好会に入った。

 本書では当時ならではのびっくりするようなエピソードが続々と登場する。

 ある日、松苗さんは同好会のメンバーからこんな誘いを受ける。

“大島弓子先生の住所がわかったから
一緒に来る?“

 本書によると、プロの漫画家さんの住所を知ったファンが漫画家の自宅を訪れることは、当時は珍しくなかったそうだ。90年代以降だと想像もできないことである。

 やがて松苗さんに転機が訪れる。松苗さんのお姉さんの友人が、漫画家の内田善美さんと同じ美大だったことから、直接内田さんに会うことになったのだ。松苗さんの絵を見た内田さんは、現在も少女漫画界の大御所として活躍中の一条ゆかりさんに松苗さんを紹介し、松苗さんは一条さんのアシスタントとなる。

 その後、松苗さんが漫画家デビューし、ヒット作を生み出すまでの道は決して平たんなものではなかった。しかし松苗さんは、苦労話をも笑いに変えていく。同時に本書では、松苗さんと一条ゆかりさん、内田善美さん、2016年に亡くなった漫画家吉野朔実さんとの交友も描かれる。

 漫画雑誌が今より売れていて、ファンが漫画家に会いに行けたと聞くと、漫画ファンにとってとても良い時代だったのではないかと一瞬思ってしまうが、当時の漫画がすべて手描きであったこと、過重労働が疑問視される前の時代だったこと、女性は20代で仕事を辞める人が今より多かったことを忘れてはならない。また、80年代に入るとどんどんと新しい漫画雑誌が生まれ、どの雑誌も描き手不足に陥った。当然、人気漫画家たちは引っ張りだこで眠ることすらままならない日々である。漫画家たちが本当は全部自分で描きたいと思いながらも、アシスタントを雇わなければ現実的に不可能であったという苦悩も描かれている。

 松苗さんを含め、70年代、80年代前半にデビューしたベテラン漫画家さんたちは、女性向け漫画の売れ行きを伸ばしていき、後進の漫画家たちが活躍するための道をも切り開いた。だからこそ、私たち下の世代の読者にとって、女性向け漫画は本屋で気軽に買える身近なものになったのだ。

 本書はその過程を漫画家本人の視点から知ることのできる、貴重な一冊だ。

文=若林理央