「偏見の目を受けながら おれはほすとでキラキラ」“夜の街”のホストの本音を凝縮! 手塚マキさんインタビュー

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/10

ホスト万葉集
『ホスト万葉集』(手塚マキと歌舞伎町ホスト75人from Smappa! Group:作、俵万智・野口あや子・小佐野彈:編/講談社)

 東洋一の歓楽街、新宿・歌舞伎町──この春以降、新型コロナウイルス関連の話題で、行政やメディアが「夜の街」と呼ぶところだ。その歌舞伎町で、深夜の街頭清掃ボランティアを行ったり、歌舞伎町初の書店「歌舞伎町ブックセンター」を開いたりと、新しい試みを発信し続けている男性がいる。歌舞伎町の元ナンバーワンホストで、現在はホストクラブなどを経営する、手塚マキさんだ。

 今回、手塚さんが世に放つのは、なんと「ホストが作った短歌」。2年前、歌人・小佐野彈氏の歌集発売イベントで短歌を作って以来、ホストたちとともに、月に1度の歌会を開催し続けてきたそうなのだ。

 その集大成である『ホスト万葉集』(手塚マキと歌舞伎町ホスト75人from Smappa! Group:作、俵万智・野口あや子・小佐野彈:編/講談社)は、歌会で集まった短歌900首から、歌集『サラダ記念日』の著者・俵万智氏ら、歌会の指導役も務める短歌界のスターたちが、300首を厳選して構成。五・七・五・七・七の三十一文字に表れた、「夜の街」の本音とは? 手塚さんにお話をうかがった。

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手塚マキさん
Smappa! Group会長・手塚マキさん

短歌の世界には、「讃える文化」がある

──『ホスト万葉集』、三十一文字に、ホスト文化と短歌文化のいいところが凝縮されていました。歌会の参加者はどのように募るのですか?

手塚マキさん(以下、手塚) 無理やりですよ(笑)。僕に対して「貸しひとつ」みたいな感じにはなりますね。歌会に出席するうちに無理やり感がなくなるかといえば、そうでもありませんし。でも、歌会に出たら出たで、みんな楽しめるんですよ。それは、ずっと変わりませんね。

──短歌というのは、詠もうと思ってすぐに詠めるものなのでしょうか?

手塚 無知の強さというものもありますよ。ちゃんと大学を出て、真面目に文学を勉強してきたというヤツが、最初のころはまったく(優秀作として)選ばれないということもありました。ホストたちには、恐れを知らず、三十一文字に当てはめてみるという勇気はある気がしますね。物怖じしないというか。今回の歌集では、そういった初期のおもしろさを切り取れている点もよかったのではないかなと思います。

──選歌・構成を担当された編者も、俵万智氏、野口あや子氏、小佐野彈氏と、大変豪華なメンバーです。ホストさんの短歌に対する、みなさんのご反応はいかがでしたか?

手塚 みなさん、めちゃくちゃ優しいですね。編者のみなさんに、裾野を広げたいという思いもあるのかなという気はします。それに、短歌の世界には、「讃える文化」があるんです。編者の方たちも、「下手だ」と言ったり、注意したりということがないんですよ。ホストたちは、それが気持ちよくもあったと思います。

 もちろん、本格的な短歌を詠めるようになるまでには、長い時間がかかると聞きます。編者の方たちも、それはご存じなんですよね。僕たちみたいな素人が作ったものなんて、文脈もなにもないし、コツだってわかっていない。だからといって、「わかってない」という態度をまったく見せないところが、素晴らしいと思います。

いろんな人と出会い、いろんなことに首を突っ込むのがホストの仕事

──本書巻末の座談会によると、手塚さんには、若いホストさんたちに「感性の幅を広げるような教育をしたい」という思いがあったそうですね。歌会をはじめてから、若いホストさんたちに変化はありましたか?

手塚 うーん…悲しいですけど、ないですね(笑)。でも、そういうものだと思っています。月に1度、歌会を開いたくらいで、人が変わることはないですよ。

 とはいえ、短歌を詠んだことがあるとか、自分の歌が本に載ったという経験は、脳みそのどこかに残るのではないかなと。そうすると、よく短歌について「ラップで韻を踏んでるみたいだ」と言われているのを聞きますが、その反対のパターンみたいなものが出てくるんじゃないかと思うんですよ。なにかに触れて、「短歌っぽいな」って。

 要は、布石を置くだけなんですよね。僕はグループの中で、ソムリエの資格への挑戦を奨励していて、すでに20人近いソムリエが生まれています。それも、10年以上かかって、グループ内のワインリテラシーが少しだけ上がったという感じですよ。ワインオタクみたいになったホストもいますが、日常生活の中でなんとなくワインを飲む人間が増えたというくらいです。でも、それでいい。

 たとえば、ワインを知ると、西洋文化や地理に興味が出てきますよね。同じように、短歌をやると「俳句とどう違うんだろう」「詩ってどうなんだろう」「本も読んでみようかな」「そもそも万葉集ってなんだろう?」と、いろんな方面に興味が広がっていく。そうやって横スライドしていくことがおもしろいと僕は思うので。

 ホストの仕事には、「広く浅く」の美学があると思います。なにかに没入して、その世界を楽しむのもいいものですが、僕たちは、いろんな人と出会うのが仕事だし、いろんなことに首を突っ込むのが仕事だという気がするんですよ。

──お客さんだって、自分に合う人ばかりが来てくれるわけではありませんしね。

手塚 そうです。いろんなことを楽しめるようになると、いろんなものがつながっていくことがわかります。実は、昨日(※取材前日)のZoom歌会でも、俵万智さんが「上手い」と言ったのは、ワインについて詠んだ歌だったんですよ。

 最近は、自分の好き嫌いでものごとを選んでしまう子も多いですね。でも、ホストという仕事は、他人に対して想像力を働かせる仕事だと思います。自分が興味を持てないものでも、いろんなことに目を向けられるようになっていけばいい。だから、「みんながやりたいことをやらせよう」っていう気持ちは、はじめからあまりないですね。

「ホスト」とひとくくりにされがちな僕らにも、ひとりひとりの顔がある

──歌の内容も、バラエティ豊かです。ホストクラブの情景を想像できる華やかな歌もあれば、ホストの切なさを叫ぶ歌も、ホストさんのカッコつけていない部分が見える、かわいい歌もありますね。

手塚 基本的にカッコつけてないですよ、みんな(笑)。僕だって、カッコつけてればもっと切ない歌を詠むはずですから。あとはやっぱり、みんな現実にホストの仕事をしているので、つらい思いや切ない気持ちに、あんまり向き合いたくないんですよね。嫌なことは忘れたいし。短歌というのは、どうしてもそういうつらさや切なさにぶつかるので、そこは少し難しいなと思います。

──巻末の対談では、短歌を詠んで言葉にすることが、「心の整理になる」とおっしゃっていましたが。

手塚 たまには立ち止まって整理する癖をつけないと、溜め込みすぎて爆発しちゃうんですよ。でもそれは、別にホストに限ったことではありません。僕だって、誰だってそうだと思いますが、いかにそのコントロールをするかということが大切なんだと思います。若手には、ムカつくことがあったりとか、落ち込むことがあったりといったことを、ちゃんと整理する癖をつけさせたいです。

 それに、歌会の機会があるというのは、いいことだと思います。(歌会の)1時間、自分に向き合って歌を作るということですからね。さらにそれを、プロの方たちが評価してくれる。やっぱり、おもしろいですよ。

 たとえば、昨日の歌会だと、

ギラギラと偏見の目を受けながら おれはほすとでキラキラするよ

と詠んだホストがいます。前半は、偏見を受けていることを硬く書いて、後半はやわらかくひらがなで書いている。よくできていますよね。本人は、うまく言語化できない状態で、なんとなくこうするのがいいかなと思ったようですが、それを俵さんたちが、「こっちのほうがいい」と言ってくださる。字あまりなども、僕が「接続詞を抜けば五七五になるのにな」と思うところを、俵さんたちは、むしろ「勢いがあっていいですね」と評価してくれるんです。

 短歌を通してホストの生活が見えるというのも、みなさんによく言っていただけることですね。とくに今は、「ホスト」とひとくくりにされてしまいがちですが、彼らの短歌を見ていると、ちゃんとひとりひとりの顔があるんだということもわかっていただけると思います。ひとりに1時間ずつインタビューしていくより、三十一文字に凝縮するほうが、彼らの人間性も見えてくる気がしますね。それは、読み手が余白を想像できる、短歌ならではの力だと思います。

──手塚さんの前作『裏・読書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)では、「読書は人生の答え合わせ」という言葉が印象的でした。では、短歌はどう言い表せるでしょう?

手塚 そうですね…僕らにとって、短歌は今、日記みたいなものだと思います。自分の気持ちや、経験を書き留めていくもの。旅行に行ったときなんかも、短歌を詠みたくなりますもんね。僕にとっては、ホスト時代を振り返って書く日記ですが、ホストたちは、今のお客さんのことを考えて書いてるんじゃないかな。

単語を知ると、見える世界が変わっていく

──2020年7月22日から、100日間限定で歌舞伎町にBOOK CAFE&BAR「デカメロン」を開店するそうですね。こちらはどういった試みなのでしょう?

手塚 このコロナ禍の最中に、歌舞伎町に来て“書く”ということですね。店内でのコミュニケーションは筆談です。期間中は、芸術家の作品展示も行いますが、本当ならアーティストだけでなく、誰もが今の思いを綴って、とっておくべきだと思うんですよ。しかもそれを、このコロナ禍の真っ只中、わざわざ歌舞伎町のど真ん中で、マスクをして、外の風景を眺めながら、酒でも飲みつつやる。今の時代を冷静に見つめ直す時間と、すごく相性がいいと思うんですよね。

──「デカメロン」という店名にも、歌集や歌会にも通じる「思いを語り合うところで、なにが起こるかを楽しもう」という意識を感じます。

手塚 そうですね。基本的に、答えを出そうという気持ちは、なにについてもありません。ボッカッチョの『デカメロン』は、召使いを引き連れた金持ちたちが、ペストから逃れて、郊外でおもしろおかしく語り合って楽しむという物語。「歌舞伎町のど真ん中にやってきて」「静かにする」というのは、店名とは正反対の行為だし、皮肉な感じもありますよね。

 とはいえ、実際には僕にそういった思いがあるだけで、店の経営とはあまり関係がないと思います。店という空間って、現場に立つ人間と、集まる人たちで作られていくものなので。こういったコンセプトがありつつ、「結果としてどんな空間になるか」「こんな空間になっていたらおもしろいね」という問いかけであり、実験なんですよね。

──ホストさんのように言葉で夢を売っている人たちが、今、短歌や筆談というかたちで言葉にこだわりはじめているということは、すごくおもしろいですね。

手塚 言葉の重要性は、経験から理解しているんだと思います。今回、短歌をやっていておもしろいなと思ったのは、単語の意味をとても大事にするところ。俵さんたちが、僕らに対して「(ホストの)専門用語をバンバン使え」みたいなことを言ってくる。専門用語にこめられた意味が、短歌の味になるんですね。

 僕自身、20〜30代のころは、ミーティング中に通じる言葉でしゃべっていればそれでいいやと思っていたこともありました。でも、最近気がついたことは、言葉の意味を知っていくと、ものごとの景色って変わっていくんですね。単語を知るだけでも、見える景色が変わってくるんですよ。

──私たちも、ホスト用語を知るだけで、ホストの世界を垣間見たような気分になります。本書では、そういう気分も楽しめますね。

手塚 言葉が作られているところって、そこに文化があるんですよね。たとえばうち(Smappa! Group)には、お客さんのことを「客」と言わずに、「お客様」と呼ぶ文化が根づいています。「客」って言っちゃうと、お客さんのことを雑に扱ってしまいますから。一方で、寮が汚いので「クリーンハウス」と呼んでみようとしましたが、それは根づきませんでしたね…(笑)。

 今、SNSやネット記事を見ていると、「誰々離婚か?」などクエスチョンで煽るタイトルや、ネット記事的なお作法が気になることがあります。でも本当は、そこじゃない。毎日使う言葉の質をどう変えていくか、それこそが今、考える意味のあることだという気がします。

取材・文=三田ゆき