村上春樹『一人称単数』収録作の共通点は、“奇妙な過去”を持つ人たち…「一人称単数」は思いも寄らない方へといく謎
公開日:2020/8/8
短篇集というのは、長篇小説や連作短篇集とは違って基本的にどこから読んでもいいものだ。しかし村上春樹が『女のいない男たち』以来6年ぶりに発表した短篇集『一人称単数』(文藝春秋)は、頭から順に最後まで読み通すと味わいが増す。
『一人称単数』は、タイトルの通り「ぼく/僕/私」の一人称単数が話者となる小説で、収録作は雑誌『文學界』で発表された「石のまくらに」「クリーム」「チャーリー・パーカー・プレイズ・ボサノヴァ」「ウィズ・ザ・ビートルズ With the Beatles」「『ヤクルト・スワローズ詩集』」「謝肉祭(Carnaval)」「品川猿の告白」、そして書き下ろしの「一人称単数」の順で収められている。「『ヤクルト・スワローズ詩集』」のみ、エッセイと私小説が混ざり合ったような(『猫を棄てる 父親について語るとき』の続編のような場面もある)内容だ。
『女のいない男たち』は女に去られた人が主人公であったが、『一人称単数』は奇妙な過去の思い出を持つ人たちという共通点がある。
少々変わったセックスがきっかけとなったこと、少年が経験した理不尽なある一日の出来事、架空の記事が引き起こした不思議な縁、『With the Beatles』と少女にまつわる光景が触媒となって蘇る若き日の恋、村上が愛するヤクルト・スワローズと少年時代の思い出、クラシック音楽がつないだある女性との出会い、温泉場で働く猿の告白……と、どの主人公も過去にあったことを話したり、その話に耳を傾けたり、心の中で思い出したりしている。ちなみに「品川猿の告白」は2005年に出版された短篇集『東京奇譚集』に収録の「品川猿」と同じ世界が描かれているので、ぜひそちらも読んでもらいたい。
様相がガラッと変わるのが最後の「一人称単数」だ。こちらも奇妙な過去の思い出という共通点はあるものの、物語は思いも寄らない方へと展開していく。これを読んで私は『女のいない男たち』に収録されている、ある不吉な出来事によって居心地の良かった自分のバーから離れることを余儀なくされた男の話「木野」を思い出したが、それよりも唐突で、直接的で、とても心がざらざらとする読後だった。もしかすると「一人称単数」は、新型コロナウイルスの出現によって住んでいた世界がすっかり変わってしまった私たちなのかもしれない。
かように読後は少々心にズシリとくるので、本作で取り上げられている音楽作品を準備し、一緒に楽しむことをお勧めしたい。
・ベートーヴェン『ピアノ協奏曲第一番』(第三楽章、ピアノのソロ・パート)
・『コルコヴァド』(スタン・ゲッツ、ジョアン・ジルベルト、フィーチャリング アントニオ・カルロス・ジョビン『ゲッツ/ジルベルト』のアルバムが相応しいだろう)
・ザ・ビートルズ『ウィズ・ザ・ビートルズ』(本書カバーにもアルバムジャケットが小さく描かれている。また初期のアルバム『プリーズ・プリーズ・ミー』から『ヘルプ!』まで、“赤盤”“青盤”と呼ばれるベストアルバム『1962-1966』と『1967-1970』があるとさらに楽しめる)
・パーシー・フェイス楽団『夏の日の恋』
・シューマン『謝肉祭』(作中ではアルトゥーロ・ベネディッティ・ミケランジェリとアルトゥール・ルビンシュテインの演奏がベストとある)
・ブルックナー『交響曲第七番』(扉絵のレコードをかけようとする猿を見ながら聴いてほしい)
村上春樹作品は短篇が膨らんで長篇になる場合があるが(個人的に「木野」は『騎士団長殺し』のベースになったのではないかと思っている)、謎多き「一人称単数」、なんとかストレッチしてもらえないだろうか?
文=成田全(ナリタタモツ)