「デザイン思考」が必要とされる理由。子どもが怖がらない注射器のデザインの秘密は?
公開日:2020/8/12
「デザイン思考」という用語は、クリエイティブ業界では一定の認知を得てきたように感じられるが、そうでない人は聞き覚えがないということもあるかもしれない。デザイン思考とは、簡単にいえば「デザイナーたちが用いているものづくりの考え方や方法」であり、従来の思考法ではたどり着けない解を得られる方法として、今ではクリエイティブ業界に留まらず、幅広いビジネスパーソンが注目しているものだ。本稿では、デザイン思考の可能性を探っていきたい。
デザイン思考の有用性についてやさしく説明する『HELLO, DESIGN 日本人とデザイン(NewsPicks Book)』(石川俊祐/幻冬舎)は、デザイン思考を次のように定義する。
“ビジネスパーソンに必須の、「思考のメソッド」です。
トップデザイナーたちが実践している思考法を抽出し、理論化し、それぞれの仕事に転用することによって、これまで誰もが思い浮かばなかった、優れた答えを導き出す…(引用)”
「これまで誰もが思い浮かばなかった」という部分が重要だ。デザイン思考の活用事例としてよく挙げられる製品に「iPod」や「Wii」がある。これらは、従来製品の改善や差別化といった「地続き」のアイデアではおそらく生み出せなかったモノ。デザイン思考による「飛び石」のようなアイデアだったからこそ生み出すことができた、といわれている。
本書はデザイン思考における「主観性」を重要視する。日本において、ビジネスパーソンは「客観性」を重視するよう教えられ、訓練されることが多い。「主観的」という言葉は、ビジネスや職場においては自己中心的、感情的といったネガティブなイメージで用いられることが多いのではないだろうか。
デザイン思考は、「今は世に存在しないが、潜在的に多くの人が待ち望んでいるものを察し、形にする」ために用いられる。「自分がほしい=多くの人がほしい」という熱い主観が、イノベーションを起こす製品開発に繋がるのだ。
デザイン思考の強みとは?
ここで、「デザイン思考」を用いて製品化に成功したプロジェクトを、本書に見てみたい。
子どもが恐れるものに、例えば注射器がある。日常的に注射を打つ難病の子どもに向けた、怖くない注射器の開発が待ち望まれていた。デザイン思考は、ターゲットの観察から始まる。このプロジェクトでは子どもの観察だ。結果分かったことは、子どもが恐れているのは、注射器ではなく、注射という行為のすべてだった。尖った針、薬液の量を示す目盛り、注射器を持った大人、ぷすりと肌を刺す感触、そしてゆっくりと液体を押し込まれるその動き。従来のものづくりの手法に則れば、注射器の色や形状を子ども向けに工夫したり、キャラクターとコラボしたりするのかもしれない。しかし、それだけでは「注射のすべてを怖がっている」子どもの真のニーズに答えることにはならない。
そこで、このプロジェクトでは注射器から「注射という記号」をすべて取っ払った。容器本体のベースは「箱型」にし、本体背景には子どもが好きな写真や絵を入れられるようにし、針は子ども自身がボタンを押して刺す。注射器らしくない、まったく新しい注射器…しかし機能としては従来の注射器の機能を備えている、イノベーティブな製品が完成した。
本書が力強く語るのが、デザイン思考と日本人との相性の良さについてだ。
豊臣秀吉と石田三成の逸話はご存じだろう。豊臣秀吉が立ち寄った寺で小姓(後の石田三成)から差し出されたのは、大きな茶碗にぬるめのお茶だったが、もう1杯所望すると、より小さな茶碗でやや熱めのお茶が、さらにもう1杯所望するとさらに熱く淹れたお茶が出てきた、というものだ。本書は、この高い観察力と、相手本位の優しい文化こそが、「デザイン思考」を世界でどこよりも有効に用いることのできる論拠としている。
割り箸が乾いていると汁気を吸い、かすかに箸に味が染み込んでしまうから、事前に割り箸をすこし湿らせている料亭。座敷に上がって帰るときには、脱いだ靴が履きやすいように並べ直されている和食店。宴会場で食事をし、部屋に戻ってきたら布団が敷いてある旅館。150円を入れると、150円以下のジュースのボタンしか光らない自動販売機――本書によると、これらは日本独自、あるいは日本で育った文化でありサービスだという。
合理性が重視される昨今で、均一的なマニュアル文化が一般化しつつある今、デザイン思考に則った“主観力ベース”のビジネス展開が求められているのかもしれない。
文=ルートつつみ
(https://twitter.com/root223)