「君は私のことを盗撮しました」クラスの人気者に脅されて…/冬野夜空『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』②
更新日:2020/8/25
クラスの人気者・香織に突如専属カメラマンに任命された輝彦。性格がまるで違うふたりは時間をともにするうち距離を縮めるが、やがて輝彦は香織が重い病と闘っていることを知って…。高校生の純愛と濃密過ぎる2カ月間を描き、刊行から僅か半年で7万2000部を超えるヒットとなった『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』(スターツ出版)。全3回で本作の序盤をお届けします。
第1回から読む>>「プロローグ」フォトコンテスト誌上の異質な写真/冬野夜空『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』①
![一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。](https://develop.ddnavi.com/uploads/2020/08/81A-pSZBiWL.jpg)
「星の光ってね、ずっとずーっと昔の光なんだって。そんな光が、私には感情を浮かべているように見えるの。ほら見てっ、一等星が笑ったよ」
学校の屋上。校内では数少ない立ち入り禁止エリアにわざわざ僕を呼び出したクラスメイトの綾部香織は、扉を開けると開口一番にそう言った。
僕には一瞥もくれず、その視線は迷いなく空へと向けられている。
彼女に倣って僕も顔を上げるが、そこにはオレンジ色と群青色が広がる暮れ始めの空しかなかった。
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「僕には笑顔のオットセイなんて見えないみたいだ」
僕が言うと、彼女は呆れたように溜息をついて、視線はそのままに僕の言葉を否定した。
「オットセイじゃないよ、一等星。もしかしたらオットセイの星座もあるかもしれないけど、私が言っているのは星のこと」
「星が笑ったの?」
「うん、そう。今のはかなりの大爆笑だったね。昨日やってた『笑いの神様』を見ていたに違いない。さすがの私も、笑いすぎてお腹よじれたもん」
僕は昨日放送していたお笑い番組を思い出す。彼女と同じ番組を見ていたことがなぜだかおもしろくなく、ぶっきら棒に話を逸らした。
「それで、僕はどうしてこんなところに呼び出されているのさ。屋上って立ち入り禁止でしょ」
「ふっふっふ。それが私に限ってはそうでもないんだなぁ」
彼女は自信満々の笑みを湛えて、指をくるくると振り回した。彼女が指を動かすたびに、景色の中でなにかが光る。
「それは、鍵?」
「私は天文部だから、唯一屋上に出ることが許されてるんだ。いいでしょ。こうして星を眺めることこそが部活動ってこと」
「そう。なら活動の邪魔をしたね。僕はこれで失礼するよ」
僕がくるりと背を向けると、彼女が慌てたような声を出した。
「ちょちょちょ、待ってって! 君は私に話があるんでしょうが!」
不思議な言い草だ。彼女から呼び出しておいて僕から話があるだなんて。
「君が僕に用事があるんじゃなくて? あんなにもしつこく呼び出しておいて」
「まあ、それもそうなんだけど!」
僕の言葉を肯定しておきながら、彼女は口角の端を上げて言葉を続ける。
「でもここで帰ったら君の立場が危うくなるんじゃない? 私は口が軽いからなー、〝この間のこと〟を言いふらしちゃうかも。君は私に弁明することがあるよね?」
「はぁ……、わかったよ。僕は限りなく冤罪だと思うけど、君の話を聞いてあげる。それで?」
もったいをつけた言い方をしているけれど、彼女の言いたいことはわかっていた。
僕は趣味としてカメラを持ち歩いているのだけど、以前彼女の姿を無断で撮影してしまいそうになったことがある。きっとそのことを言っているんだろう。たしかに校内全体に僕が盗撮魔だと吹聴されては、学校が居づらい場所になってしまう。弁明は必要だ。
「君は私のことを盗撮しました。乙女の哀愁漂う姿を無断撮影するなど大罪もいいところ。なので、その罪をなかったことにしてあげる代わりに、君は私の言うことをひとつだけ聞く義務があります」
裁判官よろしく、彼女は大層な物言いで僕への冤罪を糾弾した。
「なるほど、僕も謂れのない不愉快な謗りを払拭できるのであれば、その取引はやぶさかではない」
仕方なく僕も彼女のノリに合わせてあげる。今彼女の機嫌を損ねたら、本当に僕が盗撮魔だという悪意に満ちた嘘が蔓延しかねない。その嘘が成長しきる前に、芽は摘んでおくべきだ。
「あれ、そんなに素直に了承してくれるんだ?」
きょとん、という擬態語が似合いそうな間抜けな表情をしている彼女は、意外だと声を上げた。
「君が変な噂を立てないと言うのなら、僕も一度くらいなら言うことを聞いてやってもいいってこと。その内容にもよるけれど」
「そかそか。嫌がりそうだなと思ってたから、ちょっとびっくりしちゃったよ」
胸中で嘆息をつきながら、話の続きを促す。
「それで、僕は君になにをすればいい。僕は僕のためになにをすればいい」
「いちいち嫌味な言い方するね君。それだから友達ができないんだよ」
「それこそ嫌味な言い方だ」
「あ、ほんとだ。ごめんごめん」
笑いながらそう言う彼女には、全然悪びれる様子がない。
「それで? 僕は早く部活に行きたいんだ。手短に済ませてほしい」
「そっか、部活があるのか。写真部だっけ」
「そうだけど、そんなことはいいから、早く用件を」
明らかに会話を引き延ばそうとする態度に次第に苛立ちを覚え始めていると、彼女はそんな僕とは対照的な反応を見せた。
「えーっとね、いざ言うとなると恥ずかしいなぁ……」
えへへ、と俯きながら彼女は照れくさそうに笑う。
「恥ずかしい?」
普段は教室内で騒いでばっかりいる彼女の態度とは思えない。いったい彼女は僕になにをさせるつもりなのだろう。まったく想像できない。
「あのね」
「うん」
「私を撮って」
「うん?」
「だから、私の写真を撮ってほしいの。モデルっていうか、そういうのに応募したいなーとか思ってて、だから私のカメラマンになってほしいんだ!」
思い切りよく言い切ったあと、再び彼女は目を逸らす。ほんのり紅くなっている頬はきっと夕焼けのせいではない。