「残念ながら関わり合っちゃったね」一方的な日曜日の約束/冬野夜空『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』③

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/25

クラスの人気者・香織に突如専属カメラマンに任命された輝彦。性格がまるで違うふたりは時間をともにするうち距離を縮めるが、やがて輝彦は香織が重い病と闘っていることを知って…。高校生の純愛と濃密過ぎる2カ月間を描き、刊行から僅か半年で7万2000部を超えるヒットとなった『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』(スターツ出版)。全3回で本作の序盤をお届けします。


第1回から読む>>「プロローグ」フォトコンテスト誌上の異質な写真/冬野夜空『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』①

一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。
『一瞬を生きる君を、僕は永遠に忘れない。』(冬野夜空/スターツ出版)

「そう、なんだ」

「あ、今、モデルなんて似合わないとか思ったでしょ!」

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「うん」

 僕は思わず頷いていた。

 たしかに彼女は華がある。アーモンドのような瞳はくっきりと大きく、鼻筋も通っている。笑うと愛嬌もあって、クラスでも人気者だというのが僕の印象だ。
 だけど、モデルというような華やかな仕事には興味がないと思っていたから、意外だった。まあ、彼女とはこれまでまったく関わりがなかったから、僕の客観的な意見に過ぎないんだけど。

「失礼なやつー!」

「嘘を言っても仕方がないだろう」

「まあいいや、自分でも似合わないと思ってるし。それで、交渉は成立?」

「そうだね。僕の拙い写真でよければ。ポートレートはほとんど撮ったことがないけど、僕からしたらいい練習の機会でもある」

 モデルの素材は悪くない。これはポートレートを苦手としている僕からすれば願ってもいない話だ。こんな機会はなかなかないことだと、僕は自分に言い聞かせた。

「よかったぁ。断られたらどうしようかと思ってたよ。うん、よかったよかった」

 僕の返答に満足したのか、彼女は嬉しそうに何度も頷いている。そのたびに肩口に切り揃えられた艶やかな黒髪が揺れていた。

「それじゃあ、これからよろしくね。お互い〝君〟って呼び合ってるのも変だし、自己紹介しよっか」

「いいよ、そんなの。僕は君の名前を知っているし。君みたいな人気者は、クラスメイトの名前を把握しているんだろう」

「名前を知っているなら君呼びはやめてほしいんだけどなぁ。でもうん、私も知ってるよ。天野輝彦くん、でしょ。それにしても、意外。私のことなんか認識してないと思ってた。というか、天野くんはクラスメイトに興味がなさそうだよね」

「失礼な言い草だけど、その考えは間違っていないよ。ただ、僕はクラス内でも、関わりたくないなっていう騒がしい人の名前は、把握することにしているんだ」

 皮肉を込めてそう言ってやると、彼女は愉快そうに笑った。

「あはははっ。そりゃ私は認識されているわけだ。でも、残念ながら関わり合っちゃったね」

「本当に残念ながらね。だから僕の前では極力静かにしていてくれ」

「それは聞けない相談だなぁ。あはははっ」

 彼女はとても楽しそうに、愉快そうに、大袈裟なほどに笑っていた。
 騒がしい人とはできれば関わりたくない。いったいなにに対していつも笑っているのか、僕には理解できないから。彼女だってそうだ。なにがおもしろいのかまったくわからない。
けれど彼女の笑い方を見ていると、なぜだか僕も釣られて笑いそうになってしまう。もしも彼女のように笑えたら、僕の毎日はもう少し楽しくなるのかもしれない。そんなことをなんとなく思った。

「それじゃあ、これからよろしくね、天野輝彦くん」

「こちらこそ、綾部かおるさん」

「こら! それは誤認だよ! 私の名前は綾部香織。把握しきれてないじゃん!」

 意図的に名前を間違えられても、彼女は笑顔のまま文句を垂らす。彼女は自分の名前を間違われることさえも、楽しく考えられてしまうような人なのかもしれない。

「それはそれは。大変失礼致しました」

 僕がわざとらしく頭を下げると、彼女は再び大袈裟に笑った。
 携帯電話で時間を確認すると、すでに部活動が始まって半分が経過していた。大遅刻だ。

「僕はもう行くよ」

「付き合ってくれてありがとー。部活頑張ってね」

「それじゃあ」

 彼女が手を振っているのは背を向けていてもわかったけれど、僕は躊躇いなく屋上のドアへと向かっていく。しかし、そのドアを閉めようとしたとき、タイミングを見計らったかのように彼女が口を開いた。それは僕に声をかけるというよりも、一方的に言い放つようだった。

「次の日曜日の午後一時、学校の最寄りの駅前に集合ね」

 こちらのスケジュールを考慮しない物言いに文句のひとつも言いたくなったけれど、僕は振り返らなかった。彼女だって端から僕の同意なんて求めていないだろう。そういう勝手な人なんだと、僕の中で彼女への認識が強まっていた。
 廊下の窓越しに映る空は、先ほどと比べるとオレンジより群青の割合が増していて、薄っすらと星が光って見えている。

 そういえば、星が笑ったと彼女は言っていた。彼女なりの星の輝きに対しての比喩なのだろうけど、それは感情の起伏が激しそうな彼女には似つかわしい喩えだと思った。

 星の観測者である彼女もまた、望遠鏡を覗き天体を映し出す、言わばカメラマンだ。シャッターこそ切らないものの、星に表情を読み取る彼女は、僕がファインダー越しに見ている景色よりも、ずっと豊かな感情を捉えているのかもしれない。
 そう思ってみると、ならモデル側になった彼女はどんな表情を覗かせるのか、そんな興味が湧いた。

 ……日曜日の約束を、聞いたことにしてもいいかなという気持ちが、少しだけ芽生えた。
 僕らは、カメラマンとモデルの関係なのだから。

続きは本書でお楽しみください。