「バカ」になったら殺される…!? バカを許容できない世間から逃げ、バカとして生きる少女の運命は…?
公開日:2020/8/16
「普通」の人間であったはずの自分が、ある日突然、世の中から“駆除”される対象として認識されたら、一体どうなるのか――!? 皿池篤志先生の『フールズ』(集英社)は、「多様性」で成り立っているはずの世界の問題点を、さまざまな方向から拾い上げた傑作SFマンガである。
物語の舞台は、普通の日本、普通の東京。しかし、ある時から、ごく少数の人間が、突如として“バカ”と呼ばれる謎の怪物を生みだしてしまうようになった。人々は、怪物を生む人間のことも“バカ”と呼び、すぐさま警察の特別組織・交渉課(ネゴシエイター)が駆けつけ、容赦なく排除していく。
だが、本作の主人公・須永文子(16)は、そんな人類の敵であるはずの“バカ”のことを密かに好いていて、バカの絵を描き、画像を保存することをライフワークとしていた。地味で大人しい文子は、バカが好きなことも原因で、クラスではいじめにあっていたのだが、彼女のバカへの興味は高まるばかり…! そんなある日、文子は突然、自らも「バカ」と化してしまい、交渉課に殺されそうになる。だが、謎の女・サンディと元刑事のワタナベに助けられ、バカについての真実を教えられるのだが…!?
本作は、バカの存在を決して許容せず、次々に殺していく世の中に納得できない文子が、理由は不明だが、バカを交渉課から救おうと活動しているサンディやワタナベと共に、世の中と闘っていく様子がテンポ良く描かれている。“バカ”と呼ばれるようになった人間は、“ノイズ”とも呼ばれる怪物を発生させると同時に、本人の願望が強く反映された特別な能力を獲得する。
いじめにあっていた文子は、これ以上傷つかないですむ、驚きの能力を手に入れる。1巻では、サンディとワタナベに“バカ”として生きていくための術を教わりながら、文子がネゴシエイターに見つからないように逃亡生活を送る様子が描かれる。だが2巻では、ふたりのすすめで“人の心を読む”能力を持つヤクザの九条が率いる組織「フールズ」に入ることになる。「フールズ」は、交渉課からの発見を免れた“隠れバカ”が集う自衛組織。自分の意思とは関係なく“バカ騒ぎ”を起こした挙句、追われる身となった新たなバカたちを、仲間と協力して能力を駆使して救いだす物語へと変化するのだ――。
サンディは文子にこう告げる。
「世界は多様性でできている 変わり者で世界はできてんだよ」
…だが、世間はバカの存在を許容しないばかりか、バカが死ぬまで追跡をやめず、文子も、ネット上に名前や学校、住所を晒され、家族にまでひどい被害が及んでいた。“多様性”という言葉があちこちで叫ばれる世の中ではあるが、人は、あまりに自分とかけ離れた存在に恐怖を感じることもある。本作でも、交渉課の人間には、バカに家族を殺された者もおり、一概に責めることもできないのが難しいところだと感じた。
…とはいっても、ある日突然、普通だったはずの自分が少数派の存在になり、すぐに駆除されるとなったら、黙ってはいられないだろう。複雑な人生ゆえに、さまざまな能力を持つようになった“バカ”たちの存在が気になるのはもちろん、彼らが生み出すバラエティ豊かな“ノイズ”も見れば見るほど愛らしく、続きが気になって仕方がないマンガである。
文=さゆ