吉沢亮&杉咲花主演で映画化!『キミスイ』著者の読者を“殴り倒してやろうと思った”小説とは?

文芸・カルチャー

公開日:2020/8/19

青くて痛くて脆い
『青くて痛くて脆い』(住野よる/角川文庫)

〈『君の膵臓をたべたい』という作品を、好きだと言ってくれている人たち込みで殴り倒してやろうと思った〉――小説『青くて痛くて脆い』(角川文庫)刊行に際して、著者の住野よる氏が、敬愛する作家・乙一氏との対談で述べた言葉だ。実写映画化もされ、累計260万部を突破した“キミスイ”。想定以上に多くの読者に届いたことで、著者のものであるはずなのに、見知らぬ遠い存在にもなってしまった様は、『青くて痛くて脆い』に登場するサークル「モアイ」の姿と少し重なる。

 語り手となる“僕”こと田端楓は「人に不用意に近づきすぎないこと、誰かの意見に反する意見を出来るだけ口に出さないこと」がモットーの大学生。だから、空気をまったく読まず、言いたいことを臆さずに言う同級生・秋好寿乃に出会ったとき、“愚かで鈍い、自意識過剰の人間”だと馬鹿にする。

 自意識過剰になりたくないし、悪目立ちして傷つけられたり、誰かのことを傷つけたりもしたくない。それは、10代ならずとも多くの人が抱いている、ささやかな願いだと思う。たしかに、よけいなことを口にせず、常に客観的でいられたら、それはとてもカッコいいし、誰にとっても優しい人であれるかもしれない。だが、距離感を学んだうえでそれを為すのと、最初から他人を拒絶して貫くのとでは、似ているようで全然ちがう。

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 秋好は、ずかずかと無遠慮に踏み込んでくるようで、とても優しかった。ふつうなら恥ずかしくて言えないようなことを、たとえば「友達になってくれてありがとう」なんててらいのない言葉をまっすぐ伝えてくれることが、楓にはくすぐったくも嬉しかった。だから、秘密結社を結成しようという彼女の誘いに乗ったのだ。世界を平和にするために。そのためにできることはなんでもする。そんな彼女の信念に根差した「モアイ」はこうして、誕生する。

 だがそれから3年後、楓は秋好がいなくなってしまった世界を生きていた。『君の膵臓~』が余命いくばくもない少女と出会い、世界を変えられた話であったならば、『青くて~』は、なにかが変わる前に彼女を失ってしまった世界の話だ。秋好を失い、楓が去ったあと、モアイは“意識高い系”の巨大就活サークルへと変貌していった。秋好が願った“なりたい自分になる”は、よりよい就職先を手に入れるための看板となり、純粋だった想いは穢されていく。楓は“あの頃”をとりもどすため、友人とともにモアイ奪還計画をもくろむのだが……。

 人は、理想なくしては希望をもてない。だが理想ばかりでは生きられない。大学生は、ちょうどそのはざまで揺れる年頃だ。“汚い大人”とそれに媚びへつらう人たちを馬鹿にするか、それとも現実なんてこんなものと諦めてしまうか。そのどちらかしか、ないのか。秋好と出会い“夢を見る”ことを知ってしまった楓が、どんな道を選ぶのか――。

 “殴り倒してやろう”という住野氏の思惑どおり、それは決して、美しさだけでは描かれない。タイトルどおり、いたたまれないほど青くて痛くてあまりに脆い青春が、ぐさぐさと突き刺さる作品なのである。

文=立花もも