ペスト大流行がルネサンスを生み、産業革命が結核を流行らせた。コロナ禍に学ぶ『感染症と世界史』の関係
公開日:2020/8/24
「腐敗が社会の隅々にまで蝕みながら、表向きは泰平を享受している」という点において、黒船来航以来の徳川幕府にそっくりです。
これは『イラスト図解 感染症と世界史 人類はパンデミックとどう戦ってきたか』(神野正史:監修/宝島社)の「はじめに」に書かれた、日本の現状を分析したドキリとさせられる一文だ。
幕末の人々が「幕府が滅びるわけなんかない」と思っていたのと同様、この社会にいる私達も、目の前の日常を「当たり前のもの」「変わるはずのないもの」と思っていた。
それが、新型コロナウイルスの到来によって大きく変わるかもしれない。戦後70年に及ぶ「安定期」はついに終わり、パンデミックが激動の新時代の幕開けの契機になるかもしれない……というのが同書の見立てだ。
そして同書は、歴史学を「過去と比較して今我々の生きる現在を知り、先人の経験から災難・試練を乗り越える教訓を学ぶ学問」と定義している。『感染症と世界史』は、そうした感染症にまつわる人類史を、豊富な図版でサクッと振り返れる内容となっている。
同書を読んで分かることは、まず感染症と人類の関係は想像以上に長く、そして深いことだ。
たとえば文明の勃興とともに流行した麻疹(はしか)は、時間をかけて辺境まで伝播。最後の処女地での大規模流行は1951年のグリーンランド。約5000年をかけて地球全土へと拡大したのだ。
また人類が農耕を開始したのは1万1000年前頃とされるが、「大きな集落を作って土地に定住する」というライフスタイルの開始は、現代まで連綿と続く感染症との戦いの契機になった。そして野生動物を家畜化したことにより、今も頻繁に起こる「家畜から人への感染症の蔓延」も始まっている。
農耕文化が花開いたエジプト文明のミイラには、結核、ハンセン病、ポリオ、天然痘、マラリアなど、多くの感染症の蔓延の形跡が残っているという。感染症というのは、ある種の「文明病」なのだ。
そして、教科書の勉強で「事実」だけを知っていた歴史の見方も、本書を読むとより深くなる。
たとえば、当時の世界の人口の22%にあたる1億人が死亡したとされる、14世紀のペスト大流行。そこでは有効な手立てを打てなかったカトリック教会の権威が低下し、ルネサンス時代の幕開けの契機になった。
また18世紀半ばから始まった産業革命は、世界をより豊かにした一方で、劣悪な労働環境も生み出し、結核流行の要因に。日本でも明治期の近代化では、紡績工場で働く女工の多くが結核に罹患していた。
事程左様に、感染症は世界の歴史を大きく動かしてきたし、社会の奥底に潜む問題を表へと浮き上がらせる役割も果たしてきた。そして現在のコロナ禍においても、過去の歴史と同じようなことが再び起こっている……。
「人類が直面したことのない危機」とも言われる新型コロナウイルスの流行だが、歴史を遡ると「人類がすでに経験したこと」は実は多い。その認識を持っているだけでも、現在の危機に冷静に対処できるようになり、より良い解決策を見出しやすくなるはずだ。
文=古澤誠一郎