日ごとに増え続けるネズミの死がい。老人のあっけない死。ついに最初の犠牲者が出てしまう/60分でわかる カミュの「ペスト」③

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/3

超難解なカミュ『ペスト』のポイントを、マンガとあらすじで理解できる1冊。感染症の恐怖にさらされたとき、人間は何を考え、どう行動するべきか。解決策が見つからない中、立ち上がった人々の物語をご紹介します。

マンガ&あらすじでつかむ! 60分でわかる カミュの「ペスト」
『マンガ&あらすじでつかむ! 60分でわかる カミュの「ペスト」』(大竹稽:著、羽鳥まめ:マンガ/あさ出版)

大量のネズミの死

「四月十六日の朝、医師ベルナール・リウーは、階段口の真ん中で一匹の死んだネズミにつまずいた」

 不吉の兆しであった。

 二日後には「工場や倉庫には何百匹ものネズミの死がいが発見され」、すでに、「ゴミ箱はネズミの死がいでいっぱいだった」。

 その後もネズミの死がいは増え続けた。

 四日目には、ネズミは「地下室、穴倉、下水から長い列をなして出てきて、人間のそばで、ふらふらと死んでいった」。

「人々は、全容を明らかにすることもできず、そして原因をつきとめることのできないこの現象が、なにやら禍々しいものであることに気づき始めた」

 四月二十八日には、約八千匹の死んだネズミが集められる。

『ペスト』の主人公は、オランの医師、リウーだ。この1章で、物語の主要人物たちが勢ぞろいする。

 まず、ペストの最初の犠牲者となるアパートの管理人、ミシェル老人。

 リウーが母親を迎えにいった駅では、予審判事のオトンが息子フィリップといっしょに、彼の妻を待っていた。

「ネズミが……」と判事は言い、「ええ。まあでも、なんでもありませんよ」とリウーは答えていた。

 レイモン・ランベールはパリの新聞記者。オラン市に住んでいるアラビア人の衛生状態の証言をもらうために、リウーの診療所を訪ねている。

 別れ際の二人の会話は、「今、市内で大量に発見されている死んだネズミについて、面白い記事が書けるでしょう」「ほう! それはいいですね」であった。

 同じ日に、リウーはアパートの階段で、一人の若者と出会う。ジャン・タルーである。すでに二人は面識があった。ちょうど、二人の前でネズミが一匹、最後のけいれんをしながら死にかけていたため、ネズミが話題となった。

「こいつらの出現には興味があります」

「そうですね。しかし、なにかこう、いてもたってもいられない感じがします」

 タルーは医者ではない。しかし、主人公リウーの盟友として初めからペストと戦い続ける。タルーには、医師であるリウー以上の行動哲学があるのだ。

 タルーは『ペスト』の二大看板の一人であるので、ここに記しておこう。

「数週間前にオランに定住したばかりで、その時から大きなホテルに住んでいた。いろんな収入があって、かなり余裕のある暮らしをしているように見られた。街の人々も、彼のそうした姿に親しむようになっていた。しかし、彼がどこからやって来たのか、またなぜそこにいるのか、だれひとりとして言える者はいなかった。好人物で、いつもにこにこしていて、まっとうな娯楽であれば、どんなものともじょうずに付き合っていた」

「数週間前」というのには、もう少し説明が必要だろう。タルーはペストが出現するたった数週間前に、「運悪く」オランに引っ越してきたのだ。

 二十九日、リウーはアパートの近くで、「調子が悪い」というミシェル老人を支えながら歩いていたパヌルー神父に会う。

 パヌルー神父は、「博学で、しかも好戦的なイエズス会士である、宗教には無関心な人たちからも尊敬されている」。二人は老人を送り終えると、ネズミ騒ぎについて考えを交換する。「ただの流行病でしょう」と、パヌルー神父には、笑みを浮かべる余裕が、まだ、あった。

 同じ日、リウーは昔の患者から電話を受ける。市役所に勤めているジョセフ・グランだった。五十歳くらいの下級役人。貧乏なため、無料で診察をしたこともあった。

「先生、急いで来てくれませんか? 隣の家でちょっと事件がありまして」

 数分後、グランの家がある建物にリウーが到着し、二人で問題の部屋を目指す。その扉には「どうぞお入りください。首をくくっています」と書かれていた。自殺は未遂で終わるのだが、この男がコタールだ。あとでわかってくるのだが、コタールは犯罪者であり、自分の素性がばれ、逮捕されてしまうことにいつもおびえていた。

 物語の二大看板がリウーとタルーであることは前述した通りだが、もう一人、重要な人物がいる。それがグランだ。

 のちに、リウーとタルーはペストと戦うべく保健隊を結成するのだが、地位も年収も低い、世間的には魅力が薄い男、グランも参加する。グランという男の紹介も、もう少し追加しておこう。

「グランというヒーロー的なものをまったく持たない男が、今や、保健隊の幹事の役を務めていた。(中略)グランは、日常の通り、彼そのままの善い心でもって、どんな任務も、『うん』といって果たしていた」

 とうとう、四月三十日、ペストの最初の犠牲者が出る。

 二十九日に、「どうも調子が悪い」と息を切らしていたミシェル老人だった。リウーが診察に行くと、老人は「バラ色をした液を苦しみながら吐いていた」。熱が三十九度五分。首のリンパ腺と四肢がはれ上がり、わき腹には黒い斑点が二つ認められていた。翌三十日には、熱が下がり容体が安定。彼は衰弱していたが、ほほえんでいた。

 しかし、正午になると急変。

「隔離して、特別な手当てをする必要がある」とリウーは救急車を呼び、老人の妻と同行する。しかし、その間にもどんどん病人の体は悪化し、土色に変色していく。くちびるはロウのようになり、はれ上がったリンパ腺が肉を引き裂かんばかり。「地の底からくる不気味なものが間断なく病人を呼び立てているようだった」。そして、あっという間に「彼は死んでしまった」。

 この時点では、まだ、ペスト菌が原因であるとは確定されていない。「いろいろな可能性がある。これという確かな兆候もない」のだ。

<第4回に続く>