わずか数日で死亡者が激増。決断できない無能な権力者たち…/60分でわかる カミュの「ペスト」④
公開日:2020/9/4
超難解なカミュ『ペスト』のポイントを、マンガとあらすじで理解できる1冊。感染症の恐怖にさらされたとき、人間は何を考え、どう行動するべきか。解決策が見つからない中、立ち上がった人々の物語をご紹介します。
当事者になれない権力者たち
ペストかペストじゃないか――。
いまだ定まらない中、「奇怪な病」に侵された人々が「すさまじい悪臭の中で死んでいく。そしてわずか数日で死亡者数はドンドン増えていった」。
物語中、初めてはっきりと、リウーともう一人の医師、カステルによって「ペスト」が疑われた。
「きみはこれがなんだか知っているだろう? リウー君。世間には名指しする勇気がない。なによりもまず、世間では『冷静を失うな』だ。だが、どうだね、リウー君。きみはわたしと同じように、これがなにか知っているはずだ」
「そうですね。信じられないことですが、どうもこれはペストのようです」
ペストのような厄災は、得手勝手なエゴを暴きだす。このような一節がある。
「厄災は人間の間尺に合わせられるものではない。だから、人々は厄災を非現実のものであり、いずれ過ぎ去る悪夢のように言い聞かせる。しかし、厄災は過ぎ去らないのだ。悪夢から悪夢へと、人間のほうが過ぎ去っていくのだ。(中略)未来も移動も議論も禁じてしまうペストのようなものを、考えることなどできるはずはなかった。人々は、自分が自由であると信じていたし、厄災がある限り、だれも自由ではありえないのだ」
「ペスト」。
自ら発したこの言葉によって、リウーは自身の行動哲学を確かめさせられる。
「確実なことは、日々の仕事の中にある。大事なことは、自らの務めを果たすことだ」
しかし、リウーのような人間は、むしろまれである。大半の人間、とくに緊急対策を考え、実行させなければならない立場の人間は、リウーとは真逆の心構えであった。それは、視野に己の保身と責任逃れしかない無能な人間たちだった。
リウーは対策会議に召集される。だが、無能な人間の代表である県知事は、「大げさにならないようにしましょう」と、まぬけ丸出し。リウーに向かって、「きみは、これがペストでなくてもペストの際にしなければならない措置を取らねばならない、と考えているのですね」と、まるで他人事。もう一人の無能の代表、オラン医師会の会長リシャールは、カステル老医の予想通り、「冷静さを失ってはいけない」と初めに宣言する。そして、「植民地総督府からの指示が必要」「自分には資格がない」「慎重であらねば」と言い、責任に対してのみ過敏になっている多くの医師たちの賛同を得ていた。
リウーは彼らにこう反論した。
「もはや、ためらっているような事態ではない。このままだと二カ月以内に市民の半数が死亡するでしょう。これをペストと呼ぶかどうかなんて、問題ではない。これは時間の問題なのです」
しかし、後日出された張り紙は、あいかわらず生ぬるいものだった。
「伝染性のものかどうか、まだなんとも言えないが、悪性の熱病のようなものがオラン市に発生した。しかし、用心のために、市は予防措置を講じることにした。この措置がしっかり実行されれば、流行病の脅威はすぐにでも取り去られるであろう。市民みなの献身的な協力を寄せてくれるであろうことは、知事はいささかも疑わない」
対策会議後も、リウーとカステル老医は、状況確認と協議を続けていた。
まず、血清がオラン市にはなかった。いずれ届くはずの血清に効果があるかも定かではない。さらに、患者を収容する病院のベッド数がまったく足りていない。手続きが間に合わず、入院できないまま死亡した例が出てきている。死者埋葬のほうに、警戒の指示が届いていない。
「徹底的な措置を取らないとだめです。そこで、医師会の会長に電話をしてみました」
「それで?」
「自分にはその権限がないという返事です」
県知事も、医師会会長と同じように、繰り返すのはただ「自分にはその権限がない。総督府からの命令を待とう」だった。
しかし、現実は、無能な県知事たちの期待をしっかり裏切り、死亡者は増え続けていく。
「命令? もういいかげん、自分で考えましょうよ!」と、リウーはあきれるばかりだった。
そしてようやく届いた総督府からの公電。そこにはこう書かれていた。
「ペストデアルコトヲセンゲンシ、シノモンヲトジヨ」