61歳で作家デビューした“ライフシフター”が描く、障害を越える道のり【桐衣朝子さんインタビュー】
公開日:2020/8/30
1年前は想像もしなかった時間を過ごす中で、自分の生き方について改めて問い直した人は少なくないのではないだろうか。
コミック『4分間のマリーゴールド』(小学館)の作者であるキリエ姉妹の実母であり、同作のノベライズを手がけて話題となった作家・桐衣朝子さんは、専業主婦から40代で再就学。61歳で作家デビューを果たした。最新作『僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く』(桐衣朝子:著、キリエ:挿絵/小学館)では、強迫性障害を抱える主人公の葛藤や心の成長を描き、自らにも同じ障害があることをカミングアウトした。
桐衣さんがどのようにして現在の生き方に至ったのか、40代での再就学のお話からうかがった。
人生が変わるきっかけは、40代の専業主婦から転身した大学生活
「歯科衛生士を経て結婚して20代で専業主婦となり、30代くらいからなんとなく、“いつかチャンスがあったら大学に行ってみたい”と思っていました。本格的に受験勉強を始めたのは40歳を過ぎてから。きっかけは自分の病気です。
当時は産後うつと強迫性障害に苦しんでいました。家には寄り付かない夫に、病気にかかりやすいふたりの子どもたち。周囲に頼る人もなく孤独と不安な日々の中でうつ症状が出て、食べ物に気を使うあまりに、気づけば頻繁に手洗いする症状も出始めました。
ところが、40代半ばくらいでしょうか。“このままではいかん”という気持ちがむくむくとわいてきたのです。子どもたちには“夢をもちなさい”とか“夢を叶えなさい”などと口では言っているのに、私自身は何ひとつ夢を叶えてこなかった。このままでは嫌だ、まずは自分を幸せにしようと、実家の事情で行けなかった大学進学の夢を叶えるべく、独学を始めたのが人生を変えるきっかけとなりました」(桐衣さん)
大学院の修論執筆での文章修業が、小説家への道を拓く
家事や育児のあいまに時間をかき集めて勉強し、46歳で大学合格。人の心を学ぼうと心理学を専攻した。猛勉強で学科トップの特待生となり、さらに学びを積むため52歳で大学院へ。ここでの論文執筆が文章を書く素地を培った。ゼミの指導教授の“あなたの論文は文学的だ”という言葉で、書く喜びに目覚めたのだ。
「読んでくださる先生方を楽しませたいという一心で、おもしろく読ませるために文章にさまざまな工夫を凝らしました。おそらく“論文のお作法的にはイマイチだけど、読み物としてはおもしろい”というような評価だったのでしょう。うれしくてどんどん書くことに没頭しました。論文も小説も、何か1本太い筋を通して結論に導く点においては、少し似たところがあるような気がしています。
実際に小説家の道を歩み始めたのは、もうひとつの分岐点である59歳での乳がん発覚です。告知を受けて自分の死を意識したときに浮かんできたのは“このまま、自分の存在価値を見出せずに死ぬのはあまりにも悲しい”という無念な気持ち。術後3日目の病室で大学ノートに向かって一気に書き始めた作品が、出版社の賞を受賞して現在に至っています」(桐衣さん)
ちなみに、小説家を目指した当時の桐衣さんが心がけていたのは、古今東西さまざまなジャンルの本の乱読や、毎日何かしらの短い文章を書くことだった。
「本を読むことで心と頭の中に言葉が蓄積され、それがやがて自分の文章となって外に溢れ出てきます。また“書くこと”はバイオリンやピアノなどと同じように、続けていないとすぐに腕が落ちてしまう。そのため日記をつけたり、何気ない日常のワンシーンや想いをエッセイにしてみることも継続しています。
最近では、娘たちに勧められてnoteを始めてみました。
《リンクはこちら》
テーマは、これまでに経験してきた、人生におけるさまざまなできごと。親との関係で悩んだことや、結婚後に強迫性障害をわずらったこと、一風変わった夫との関係、人より何十年も遅れて大学生になったり作家になったりしたことなど、すべてが文章のネタとなって、それが誰かの役に立つかもしれない。その想いが、最大のモチベーションになっています」(桐衣さん)
悲しみと共生しながら、それでも幸せに生きるには…
ノベライズを担当した『4分間のマリーゴールド』も最新作も、桐衣さんの描く物語の世界観に共通するのは“生と死”。そして、人の役に立ちたいという“利他の精神”だ。
「私くらいの世代になると、人を見送る経験が増えていくばかりです。愛する人を見送ることは、癒されることのないずっと続く悲しみなんですね。でも、読むことで少しでも癒しが感じられたり、悲しみと共生していけたりするようなものを書いてみたい。そう思ったときに浮かんできたのが“亡くなった人との関わり”を描くことでした。私自身、天国へ行ってしまった人たちと“もう一度会いたい気持ち”が常にどこかにあるので、そうした物語を思いつくのかもしれません。
悲しみから立ち直るというのは、悲しみが消えてなくなってしまうことではありません。しかし悲しみと共生しながら、それでも幸せに生きることなら、私たちにもできるはずです。『僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く』では、愛するものの死から立ち直れないまま、強迫性障害に悩まされてきた漫画家の青年が“人のために描く”ことで、前を向いて歩き出す姿を描きました。“悩んでいるのは自分だけじゃないんだ”と、今苦しみの中にある人たちに少しでも気が楽になっていただけたら、こんなにうれしいことはありません。
作品中に流れているテーマは少し重いですが、小説自体はところどころに笑いも取り入れてコミカルに楽しんでいただける仕上がりになっています。娘とのコラボ作品でもあるので、小説をビジュアル化したページもぜひご覧いただけたらうれしいです」(桐衣さん)
【プロフィール】
桐衣朝子(きりえ・あさこ)●1951年大阪府生まれ。歯科衛生士専門学校に学び、クリニック勤務を経て28歳で結婚、専業主婦生活を送る。46歳で福岡大学人文学部に入学して心理学を専攻。52歳で九州大学大学院に入学して哲学と生命倫理学を学ぶ。病気療養中に書いた小説『薔薇とビスケット』が小学館文庫小説賞を受賞して61歳で作家デビュー。漫画家であるふたりの娘の同名コミックをノベライズした『4分間のマリーゴールド』(桐衣朝子:著、キリエ:原作/小学館)が話題に。福岡県在住。6月からnote
《リンクはこちら》
での執筆も開始。
【作品あらすじ】
『僕は人を殺したかもしれないが、それでも君のために描く』(桐衣朝子:著、キリエ:挿絵/小学館)強迫性障害という生きづらさを抱えた主人公が、トラウマを手放すことで人生が開けていく再生の物語。
写真提供=小学館(撮影=眞板由起)
取材・文=タニハタ マユミ