自殺しても、車にはねられても、死ねなかった。業の深い歌人の処女短歌集
更新日:2020/11/2
短歌は一首、二首と数える。一句、二句と数えるのは俳句や川柳。この常識すら共有されていないのが、短歌が置かれている現状だ。ましてや、集まって短歌を詠むグループ「結社」があることすら、殆ど知られていないのではないか。
例えば『ちはやふる』『幕が上がる』『けいおん!』などは当該ジャンルのメディア化で人気を集めたが、11月には自殺した歌人・萩原慎一郎の歌集を映画化した『滑走路』が上映される。これを機に短歌が人口に膾炙するきっかけになればと思う。
そんな短歌をカジュアルに作ってみようと、ネット上で「ドラえもんあるある」的な短歌を募集したのが、歌人・枡野浩一。彼が集めた短歌を編集したのが『ドラえもん短歌』で、それで短歌に興味を持ったのが工藤吉生。新進歌人の彼の処女作が『世界で一番すばらしい俺』(短歌研究社)である。
工藤は学生の頃に好きな女性にふられ、絶望して4階のベランダから飛び降りるも一命をとりとめる。仙台で震災被害を受けながらもややシニカルに受け流し、しまいには青信号で自転車を漕いでいたところを車にはねられる。これも傷は浅く〈自転車で青信号を渡ったら車に当たり飛んだよマジで〉という短歌を虚飾なしに詠う。工藤は萩原慎一郎にならなかったのだ。
筆者が特に強く惹かれたのは、熱烈に愛していた女生徒に無下にされたエピソード。ちょっとストーカーっぽいところは本人も自覚があるようで、絶対的な愛の希求は空転する。
いくつか引用すると、
青い春 恋がこころに満ち満ちて好きでたまらぬたまらず好きだ
二週間返事を待って待ちきれずまちぶせをした朝の廊下に
目が合ったあなたは去った軽蔑に致死量があることがわかった
『ウェルテル』が自分のために書かれたと感じた 壁に黒い靴跡
苦しんでいるのはあなたのほうだろう変なおとこにつきまとわれて
全編を散文調にし、技巧的な仕掛けや企みにとらわれていない。それゆえに言葉がまっすぐに突き刺さってくる。もちろん、どの句もうまく書こうとしているのだろうし、実際うまく書けているのだが、そのうまさはガードになっていない。むしろ、読み進むうちに著者の素の顔が明瞭に照らし出されてくるのだ。
だが、本書での著者の心境をメンヘラとかこじらせ系とかイタいと断罪するのは大間違いである。彼はそうした負の感情を相対化し、一歩引いた視点で五七五七七というフォーマットに落とし込んでいる。過去の悲喜こもごもを作品に昇華させることでカタをつけた、というべきか。
なお、短歌の面白いところは、読み手が肩肘張らずに詠み手に回れるところ。先述の枡野浩一は散文風の短歌を得意とし、『かんたん短歌の作り方』(筑摩書房)という入門書も記している。
同じく歌人の穂村弘は実作のみならず、『短歌の友人』(河出書房新社)などの短歌批評も出版している。穂村が2000年に上梓した『短歌という爆弾』(小学館)には評者は衝撃だった。その煽情的なまえがきだけでも読んでみてほしい。
ネットで手軽に短歌を発信できるようになった今、同好の士は生まれやすい。自分で短歌ブログを開設し、同士でコミュニティを作り、ネット外で交流することもできるはずだ。
なお工藤は第61回短歌研究新人賞を受賞した。才能と努力があれば、気づいてくれる人はいる。もしかしたら貴方は未来の工藤吉生かもしれない。
文=土佐有明
【お詫びと訂正】記載内容に一部誤りがございましたので訂正させていただきました。