『青くて痛くて脆い』の心に突き刺さった名セリフベスト5とは? 読書サークルの大学生たちが徹底討論!

文芸・カルチャー

更新日:2020/8/31

※この記事は多少のネタバレを含みます。未読の方はご注意ください。

青くて痛くて脆い
『青くて痛くて脆い』(住野よる/角川文庫)

 住野よるさんの『青くて痛くて脆い』映画化を記念して、集まってくれたのは、愛知教育大学生協の読書推進サークル「きしゃぽっぽくらぶ」に所属する6名の学生たち。機関紙「きしゃぽっぽ通信」でそれぞれおすすめの本を紹介したりコラム執筆をしたりするほか、生協の書棚にポップを飾ったり、文化祭で古本市を開いたりと、読書推進のため精力的に活動している。コロナ禍で活動も自粛しているというみなさんに、今回は、オンライン読書会を開いていただきました!

痛々しいけど、共感できるし、ほっとする。住野よるならではの心理描写

S 『青くて痛くて脆い』を読んで感じたのは、大学生時代も“青春”って呼んでいいんだ……ということ。なんとなく、同じ制服を着て同じ授業を受けて一緒に帰る、その連帯感で生まれるものを青春と呼ぶのだと思っていて、学生とはいえ縛られるものや繋がりの少ない大学生って、微妙な立ち位置だよなと思っていたんです。でも、大学生はもちろん、社会人になっても、人間関係に悩んだり揺れたりはするし、その感情の機微を青春と呼ぶのかもしれないなあ、って。

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Y 私はもともと住野さんのファンなんですけど、住野さんの作品って登場人物の心情やそれに重ねた情景がとてもまっすぐ伝わってくるんですよね。あまりにストレートだから、揺さぶられて、自分に照らしあわせて考えてしまう。ただ、はじめて読んだときは高校生だったので、自分よりちょっと大人な人たちの話、って思っていたけど、同年代になったいま読み返してみて、ますます親近感がわきました。Sさんの言うように、何歳になってもこんなふうに悩んでいてもいいんだな、とも思えたし。

S 親近感でいうと、私はこれから就活をはじめる3年生なので、主人公の楓の言うように、活動しながら自分を偽ったりすることもあるんだろうか、そのままの自分をちゃんと守り続けられるだろうか、っていうのはちょっと考えました(笑)。

H 僕は普段、警察小説とかミステリーとかを好んで読むので、青春小説にはなじみがなかったんですが、この作品もちょっとした“謎”が描かれているじゃないですか。人と深く関わらないようにしてきた楓が、距離感なく踏み込んでくる秋好という同級生に出会い、秘密結社モアイを結成する。そのまま青春群像がはじまるのかと思いきや〈あの時笑った秋好はもうこの世界にいないけど〉と章が締めくくられる。何があったんだろう、死んじゃったのかな、って気になりますよね。で、時が飛んで3年後、秋好のために、変わり果ててしまったモアイを破壊しようとするんだけれど、ここでも「どうしてそこまで一生懸命になれるんだろう?」というのがちょっとわからなくて。この、「なんでだろう?」って気持ちのまま読み進めていたから、逆に、事情が明かされていく中盤以降はどんどんのめり込むように読んでしまった。

S “青くて痛くて脆い”というのが、秋好のことを示しているのかと思いきや、実は楓のほうだった、とわかっていく過程も面白いですよね。

K 構成でいうと、過去の回想と現在の語りが交錯していくのも面白かったです。Hさんの言うとおり、実際に何があったのかを一気に明かさず、少しずつ詳らかにされるから、どんどんハマっていっちゃうんですよね。あと、私はキャンパスライフの描写にとても憧れました。まだ体験したことのないものだから。

Y わかります! 1年生の私たちは、まだちゃんと大学に通えていないもんね。

K そうなんですよ。サークルでみんなと交流したり友達と飲んだりできる楓が羨ましかった(笑)。私も本当だったら楓みたいな生活を送っていたのかも、って彼と自分を重ねてみたりして。“人に不用意に近づきすぎない”っていう楓のモットーに共感したせいもあるかもしれません。私は楓ほど徹底していないけれど、どうしたら人を不快にさせずに済むだろう、お互いに傷つかずに済むだろうっていうのは、日ごろから意識していることだから。一方で、冷静に大人ぶっている彼のモットーが、子供じみた本音が暴露されていくにつれて崩壊していくのも、がっかりというよりはどこかほっとして……。人って、根本的にはみんな子供じみてるのかもしれないなあ、なんて思ったりしました。

T そのあたりの、管理されている子供ではないけど大人でもないっていう大学生の描き方が、本当にリアルですよね。僕は、三島由紀夫の小説に出てくる大学生とか、『赤頭巾ちゃん気をつけて』(庄司薫)の主人公とかの、友達と語りあいながら自分たちはどう生きていくのかという哲学を明確にしていく姿に憧れがあって。でも実際、大学生になってみると、そんなカッコよくは生きられないし、勉強も遊びも全部中途半端になってしまっている自分に、落ち込んだりもするんです。そういう僕には、楓の後輩である川原さんの〈自分をきちんとしたものやって思いすぎ〉って言葉はめちゃくちゃ刺さりました。誰だって〈ちゃんとしてない自分はいて当たり前〉。もちろん、だからダメな自分でいいってわけじゃないけど、理想の自分にはどうしたってなれないところから、どうすればいいのか考えたいなって思えたというか。

H だからといってこの小説は、理想を捨ててはいないですからね。僕は〈願う力を信じなくなったなら、それはもう、理想じゃない〉っていう秋好のセリフが好きです。

M ストレートなセリフはもちろんですが、私は、ちょっと抽象的な表現も印象に残っていて。人との距離感に慎重になっている楓が主人公だからだと思うんですが、距離に関する独特な表現が多いんですよね。たとえば〈心と頭はいつだって、表情一つぶん離れている〉とか〈(秋好と楓の)間に、感情が一つ余分に置かれていた〉とか。どういう意味だろう? って一瞬とまどうんだけど、何度も噛みしめていると、楓の性格をすごく繊細にあらわしていることに気づいて沁みてくる。まっすぐさと繊細さが入り混じった描写が、とくに若い読者の心を打つんだろうなと思いましたす。

青くて痛くて脆い
©2020映画「青くて痛くて脆い」製作委員会

理想と現実の狭間で揺れる心に突き刺さる名ゼリフベスト5は?

S 距離感の話でいうと、私は川原さんの〈距離感は、仲の良さとかそういうのともまた違う人の価値観、主義? そういうものやと思って〉ってセリフが好きですね。川原さんって、まっすぐな正義感を抱きつつも、自分とは考えの異なる他人をわりきってとらえることのできる人じゃないですか。そういう性格があらわれているセリフだし、私は、距離の近さ=仲の良さだと思っていたので、はっとさせられた。確かに同じくらい仲が良くて、愛情に上下はなくても、相手によって距離の近さが変わることはあるよなあ、とか。あとは彼女の〈自分に酔ってる人が、他人を酔わせられるんすよ〉。

K あ、私もそれ好きです。

S 理想を語る“意識高い系”を痛いと思う気持ちって、多くの人が抱いていると思うけど、それはそれでちゃんと肯定しようとするセリフじゃないですか。私自身、いわゆる中二病的な自分が、痛さを孕んでいるのも自覚しながらちゃんと大事にしていきたい、失わずに大人になりたいって気持ちがあるので、一方的に馬鹿にしない川原さんのセリフはすごく好きです。

Y 川原さんは〈ちゃんとしてない自分はいて当たり前〉って言ったあとに、〈皆空っぽなんすよ。私も空っぽです〉って言うじゃないですか。Tさんが言ったとおり、理想の自分とか、輝いているように見える他人とかと比べて、自分の空っぽさがむなしくなったり、肯定できないまま斜に構えてしまったりすることってみんなあると思うんです。その、どこかで自分を肯定することができず、だからといって怖くて変わることもできずにいる楓の感じは私と似ていて、だからこそ共感して読んでいたんだけれど、秋好の〈成長って、弱い自分から目をそらすことじゃないと思うんだよ〉ってセリフを読んだとき、ああそれでいいんだ、って思えました。空っぽの自分がダメなんじゃなくて、そんな自分を認めることから全部始まるんだ、って。

H 僕もそのセリフは印象的です。成長するというのは自分を高めるってことだと思いますが、もともと能力値の高いところを伸ばそうと思っても、限界があると思うんです。不得手で、弱点だと思っているところを見つめ直さないと、よりいっそうの飛躍はできない。そうは言っても、自分の弱さからは目を背けたい人のほうが多いなか、自分の成長のためには何が必要かしっかり理解したうえで、行動に移している彼女の一貫性みたいなものがあらわれているセリフだな、と思いました。

M それでいうと楓は、最初と最後でずいぶん印象の変わる主人公ですよね。私は最後のほうで彼が〈役に立たないことを知ってくれればそれでいいのかもしれない。そうして役に立つことを選択してくれればいい〉と後輩たちを前に思うところが好きなんですよ。楓の成長が、強く表現されているから。というのも、楓に共感したって声が多いんですが、私は読みはじめた当初、なんてムカつく奴なんだとずっと思っていて……。

一同 (笑)。

M 人との距離感を大切にしたい、相手を否定したくないと言いながら、仲良くなった相手にはけっこう遠慮ない言葉をぶつけているし、主義主張と自分の性質にブレがあることに全然気づいていないなと。自分だけ物事を俯瞰して見ている気になっているけど、実はそうじゃないぞ、と思っていました。でもそれに気づいて、高いところから下りて、柔軟に物事を考えようとしはじめた彼の姿勢は、とてもよかった。ただ、それも、彼の痛々しさが私のなかにもあるものだから、というのはあって。反発しながらもやっぱり、私も共感していたんだと思います。

K 弱いところを突きつけられて、それを見なきゃいけないってすごくしんどいですよね。私、セリフとはちょっと違うんだけど、〈もう回想はいらない〉っていう地の文をきっかけに、物語がばーんと反転するところがめちゃくちゃ印象に残っていて。それまで共感して読んでいたぶん、楓と一緒に冷や水を浴びせられたような気持ちになった。自分たちが正義だと思い込んでいること、傷つけられて、反撃して当然だと思っていること。そのすべてが覆されて、美しかった過去にすがることもできず、現実をただあるがまま受け止めなくちゃいけなくなって……。自分のしてきたことを冷静に突きつけられるその過程はとても苦しかった、けれど、それをしないと前には進めないんですよね。

S 一緒に打倒モアイをめざす董介が、少しずつ変わっていって、〈あいつら、僕らのこと馬鹿にしてんだよ〉と言った楓に〈そうじゃない。(略)俺達も、あいつらを馬鹿にしてるんだよ〉って返す場面がありますよね。けっきょく、自分の感情が鏡うつしのようになって、相手からはねかえってきている、もしくは勝手に相手の気持ちをそのように解釈しているんだってことを、気づかされるのはつらいし、それが楓の痛さでもある。でも、そのことを私たちは心得ておかなきゃいけないんだなあと思いました。実は秋好と出会ったばかりの楓も〈彼女を痛いと思うのは過去の自分を恥ずかしく思っているからだ〉と言っていて、本当は最初から、わかっているんですよね。でも、なかなか素直には認められないそのことを、もう一度突きつけてくる董介とのやりとりはよかったです。

M Hさんがあげていた〈願う力を信じなくなったなら、それはもう、理想じゃない〉という秋好のセリフ、あれはみなさん、どうですか? 願うだけなら、ただの自己満足じゃないですか。でも、理想を実行に移そうとすると、現実的なことを考えなきゃいけなくなって、汚れてしまうことってやっぱりあると思うんです。その、理想と現実の塩梅はこの作品で描かれていたテーマの一つでもありますが、だからこそよけいに、素直に受けとりきれないものがありました。

H モアイが大きくなっていくにつれ、Mさんの言うとおり、秋好の信じていた理想は汚れてしまった、だからぶち壊して全部やりなおしたい……と、楓は考えたわけですよね。でもそれは、立場によって見える風景が変わってくるということでもあるのかなあ、と僕は思っていて。汚れてしまうからといって願う力を放棄して、実行にも移さず、理想をふりかざすだけになってしまったら、それは停滞じゃないですか。汚れてしまう、かもしれない現実をどう受け止めて、それでもどう信じるために努力するかが分かれ道なんだ、ってことをあらわしていると思ったので、僕はあのセリフが好きなんですよね。

M なるほど、それはすごくよくわかります。

T 僕は別のサークルにも所属しているんですけど、やっぱり、いろんな性格の人が集まればきれいごとだけでは収拾がつかなくなっていくんですよ。部長がどんなに頑張っていても、文句を言う人は言うし、それを聞き入れれば、今度は別の場所でカドが立つ。というのを目の当たりにしていると、この葛藤を知るということが、大人になるってことなのかもしれないなあと思います。最初の、きれいなだけの理想を貫けなくなったとき、どういう一歩を踏み出せるのかが成長であり、この作品に書かれていたことなのだろうと。

Y 痛いけど、ちゃんと受け止めなきゃいけないことがたくさん書かれていますよね。読む年齢によって感じ方もだいぶ変わることを体感できたので、他の作品も読み直してみたいと思います。

――みなさん、ありがとうございました。あげていただいたセリフの中から、ポイント制でみなさんにベスト5を決めていただきました。結果は以下となります。

1位「あいつら、僕らのこと馬鹿にしてんだよ」「そうじゃない。(略)俺達も、あいつらを馬鹿にしてるんだよ」(P.220)
2位「願う力を信じなくなったなら、それはもう、理想じゃない」(P.276)
2位「成長って、弱い自分から目をそらすことじゃないと思うんだよ」(P.319)
4位「ちゃんとしてない自分はいて当たり前」(P.297)
4位「自分に酔ってる人が、他人を酔わせられるんすよ」(P.155)

取材・文=立花もも