詐欺より悪質!? 破産するまで高齢者を追い詰める催眠商法のカラクリを元社員が暴露

社会

公開日:2020/8/30

『ぼく、催眠商法の会社に入っちゃった』(ロバート・熊/辰巳出版)

 世の中にはマルチ商法やデート商法など闇のビジネスがたくさんある。その中でも近年問題視されているのが「催眠商法」。これは閉店した空き店舗などで商品説明会や安売りセールを行いながら熱狂的な雰囲気で消費者を酔わせ、高額な健康食品や布団などを売りつけるというもの。中には、クーリングオフを妨害するなど、悪質な手法を取るところもあるというが、実態はなかなか明るみに出てこない。
 
 そんな状況だからこそ、『ぼく、催眠商法の会社に入っちゃった』(ロバート・熊/辰巳出版)は貴重な注意喚起本。本書では、催眠商法の会社でセールスマンをしていたという著者が、騙しのカラクリを紹介。売る側の精神状態や購入者の心理などを語っている。

情に訴えて高額商品を購入させる

 著者が勤めていた会社では、販売日を迎える数日前に商品の良さを説明しながら親しみやすい関係を築き、買ってくれそうな「見込み客」を作っていたそう。メインターゲットは女性。お土産品で釣りながら事細かに商品説明をしたり、購入を迷う原因を一緒に解決したりして、いざ販売日に財布を開かせる。

 当初、著者は売り方やビジネスの方向性を怪しんでいた。だが、「値は張るけれどお客さんに喜んでもらえる良い商品を売っている」と語る社長の人間的魅力に取りつかれ、会社の一員に。なかなか思うように売れなかったからこそ、初めて購入してもらえた時はうれしく、小さな成功に酔いしれた。

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 もっと売って、社長に認めてもらいたい――そんな気持ちから、催眠商法の世界にのめりこんでいったのだ。

 それにしても、なぜ購入者は疑問を持たず高額商品を買うのか。そこには、巧妙なカラクリがあるという。

 物を売る時は、通常なら性能や効果を説明することに重きを置くが、催眠商法ではそれ以上に人の心を掴むことを重視。いつも笑顔で接してくれる若いセールスマンは人間関係が希薄になった高齢者にとって長くかかわるほどかわいい存在となり、いつしか孫や息子のように思え、財布の紐が緩んでしまう。

 心を許してもらう手段として、著者の同僚はがんで闘病中だった母親に自社の商品を与えた経緯を語ったそう。普通なら、話のオチは「病気が治った」とするところだが、同僚は助からずに亡くなったことや実際に効果があったかは分からないことを正直に告げたうえで、母が喜んでくれたから自分は買ってよかったと話したそうだ。

 すると、購入者は商品そのものより、ドラマティックな話に心を掴まれ、買ってあげたいと思ってしまう。セールスマンも催眠商法は心を掴むことで成り立っている商売だと心得ているため、購入者の気分を害さないように振る舞う。孫やかわいい後輩のように振る舞い、相手によってはホストのような甘い言葉も吐く。

 そんな世界に身を置いてきた著者は、高齢者が催眠商法に惹き付けられてしまう理由をこうも分析する。

“家の近所にできた店舗に、なんだかんだと理由を付けて、昔の仲間と集まることが楽しい。(中略)地域の人々は、身近なその場所に、青春を取り戻しにやってきます”

 もしかしたら購入者が買っているのは商品ではなく、セールスマンやそこに集う仲間との楽しい時間なのかもしれない。

売る側の心の揺らぎも垣間見えるが…

 本書を読んでいて、ふと思ったのは売る側も一種の洗脳状態に陥ってしまう可能性があるのではないかという不安。著者は当時をこう振り返る。

“僕たちの携わっていた商売は悪徳商法の一種だったかもしれませんが、お客さんへの愛情は本物でした。少なくとも、お客さんと接する時には、「この人が健康になってくれたら嬉しいな」「もっとこの人と楽しい時間を過ごしたいな」と思っていました。これは本心です”

 著者の中には「悪徳商法を撲滅したい気持ち」と「成功体験にまつわる思い出を誇りに思う気持ち」が共存しており、今でも時々、崇拝していた社長のことが気になってしまうそう。彼も自分なりに過去と闘っているのだ。

 こうした複雑な心境に触れると、自分が加害者にも被害者にもならないよう、悪徳商法の手口を知ることは大切に思える。催眠商法は、犯罪としてみなされていなくても法律スレスレのことが行われていることもある。自分や家族が幸せであり続けるためにも、「自分は大丈夫」と思わず、まずは本書でカラクリを知ってみてほしい。

文=古川諭香