ラブコメでありつつコミュニケーションと成長の物語でもあるんです『僕の心のヤバイやつ』桜井のりおインタビュー
公開日:2020/9/10
あえて描いていないことを想像してもらえたら
桜井のりおさんがマンガを描き始めたのは小学校低学年の頃。高校3年のデビュー以降、人気作を多数発表してきた。
「アニメ化された『みつどもえ』など、これまでもたくさんの方に読んでいただく機会には恵まれてきたのですが、賞には縁がない作家だと思っていたんです。でも『僕ヤバ』がいろいろな賞にランクインしたり、新しい読者層に届いているのを感じるようになって、今回初めての1位。うれしいです。親にも胸を張って言えます(笑)」
学校イチの美人・山田と、陰キャの市川。正反対な2人のラブコメが生まれたきっかけは、「なんのしがらみもなく自分好みの女の子を描きたい」という思いからだったという。
「女性アイドルが好きなのですが、山田はいわば〝推し〟の集合体でして。推しの学校生活を妄想して描いているところもあります(笑)。一方で市川は自分の分身という感じでしょうか。もしすごくかわいいい子と同じクラスになったらどうなるだのだろうなぁ、と。
最近になってラブコメが好きになってきて、どうしたら女子が魅力的に見えるか、男子はどうコミュニケーションを取るのかなどを考えて考えて……。頭の中でその解がひとまず完成したので、担当さんに見てもらったんです。それが1巻に収録されている7話分のネームでした」
陽キャで天然な山田を、最初はただ見つめているだけだった市川。しかし二人は次第に、昼休みの図書室、文化祭、保健室、放課後の自転車の2人乗りなど、たくさんのシーンを重ねて、ゆっくりと関係を進展させていく。
「自分自身は学生時代にこういう経験をしなかったので……。この先どうやって進展するんだろう、こういう事態ではどう反応するんだろう? とひとつひとつ想像しながら描いています。『僕ヤバ』はコミュニケーションが主題のひとつでもあるんですよね。まったく接点がなかった2人が、どうやって近づき、関係性を変えていくか。主な視点人物である市川の成長物語でもあると思います」
説明しすぎない描写は読者の興味を掻き立て、行間を埋めようと内容を考察するファンも多い。
「隠しているわけではないのですが、どんな気持ちでキャラクターが行動したかあまり説明したくないところがあるから、察してほしいような描写が多くなるのかもしれません。今はさらっと読めるラブコメが流行っているので、もう少しわかりやすいほうがいいのかなと思うこともあるのですが、みなさんがいろいろ考えてくださるのはうれしいです。山田が市川を好きになったタイミングも、私の中ではここだというのがありますが、人を好きになるタイミングはそれぞれ違うと思うので。自分だったら、どこで恋に落ちるかを体験してもらえたらなと。誰かを「好き」だと認識するのはけっこう難しくて、なかなか自覚できないと思うんですよね」
桜井さんの作品は、モブキャラまで生き生きしているのも魅力のひとつ。
「モブキャラは世界観のひとつだと思うので、悪口を言うキャラはあまり描きたくないかもしれません。舞台装置ではなく、ちゃんと意思をもった人間として描きたくて。ラブコメとはいえ、あまり都合のいい展開は得意じゃないかもしれません」
魅力的なキャラクターが暮らす世界で、2人の恋路はどのように進んでいくのだろうか。
「これからの大きな流れは決めていますが、どう終わるかはまだあまり考えていません。これからも2人の距離感は変化していくので、そのときどきの距離感でしか描けないことを描いていきたいです」
さくらい・のりお●埼玉県生まれ。2003年、『そーじの時間』で第58回赤塚賞佳作を受賞してデビュー。主な作品に、『みつどもえ』『ロロッロ!』など。『僕の心のヤバイやつ』が多数のマンガ賞にランクインして話題に。
取材・文:波多野公美
『僕の心のヤバイやつ』描き下ろし出張番外編