半分治したから、あとの半分はみんなに治してもらえ――「おかしくて、いいんだ」と笑う精神医療の奇跡

暮らし

公開日:2020/9/6

治したくない ひがし町診療所の日々
『治したくない ひがし町診療所の日々』(斉藤道雄/みすず書房)

 一般的に心の病気は再発が多い。妄想や幻聴に惑わされたり、依存症になったり、一般的なコミュニケーションがとれなくなったり、およそ普通と呼べる生活ができなくなったりと、たびたび症状に悩まされる。だから周囲からの理解も得られにくい。

 投薬や入院をはじめとする治療もあるが、それらは症状を抑えることにすぎない。心の病を抱える人の多くが、毒親、いじめ、ハラスメント、発達障害など、発症するだけの理由を抱えていて、克服できなければ一度治まった病気が何度でも再発する。なかには入退院を繰り返して、もう一生、病院に入院していないと生きられないのでは? という人もいる。

 そのうち彼らは、社会から病院へと隔離されるように、地域から姿を消していく。心に病気を抱えると、症状だけじゃなく、暮らしにも暗い影を落とす。

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 彼らに本当に必要なものは治療じゃないかもしれない。でも、それはなんだろうか? どうすれば手に入るだろうか?

 北海道に浦河町という街がある。ここに日本の精神医療の中心地、ともいうべき診療所がある。「ひがし町診療所」だ。

『治したくない ひがし町診療所の日々』(斉藤道雄/みすず書房)は、この診療所で行われる精神医療の模様を切り取る。といっても、読者が思うような模様は、たぶん描かれていない。

「半分治したから、あとの半分はみんなに治してもらえ」

 これは、ひがし町診療所の医師である川村敏明先生の言葉だ。本書が描く、川村先生、看護師、ソーシャルワーカー、そして心の病を抱える当事者たちの“暮らし”に、私たちの目指すべき日常や生き方と重なる部分がいくつか見えた、ような気がした。

地域で暮らす新しい精神医療を

 川村先生は、もともと大きな病院で精神科医として勤めていた。病院の経営を成り立たせるためには、あくどい話だが、入院患者を増やして病床をいっぱいにしたい。だから入院患者でいっぱいになるよう病院から要請された。

 しかし川村先生は、それに反して、入院する人々をどんどん退院させた。その裏では、退院後の当事者の暮らしを支えるソーシャルワーカーの“常識を超えた支援”があった。そのおかげで当事者たちは社会に出ても安定した暮らしができるようになり、川村先生の荒業が見事に成功を収めた。

 本来は称えるべき素晴らしい功績だが、精神科が赤字を出したことで病院は激怒。精神科を廃止して、川村先生を追い出してしまった。

 そして川村先生は浦河町に診療所を開設する。もう当事者たちを病院にしばりつけたくない。

 地域で暮らす。そこに重きを置く新しい精神医療を、川村先生を中心に集まった看護師やソーシャルワーカーたちと始めた。

 診療所で行われるのは、当事者たちと楽しむ田植えとか、焼き肉とか、バーベキューとか、山登りとか。さらに集まった医療者たちが数百万円を手払いして、当事者たちが支援を受けながら日常生活を営むグループホーム「すみれハウス」も設立した。ここでも楽しいパーティーが開かれることがあるようだ。

 本書に登場する医療者や当事者たちは、大きな苦労やとても辛い思いを重ねて、ここにたどり着いた。けれどもみんな笑っている。みんな病気を治すことに集中していない。とにかく地域を生きる。そこに集中している。

 当然これには理由がある。

医者が診察で病気の話を減らしたら

 川村先生は当事者を診察するとき、病気の話をあまりしない。最近は何をした? とか、あの話はどうなった? とか、世間話をいっぱいする。患者も心得たように、身の回りで起きた出来事をいっぱい報告する。そして「えへへ」「うひひ」と笑う。

 そのあと“ついで”かのように、薬を処方する。患者によっては、「あれ? 薬がずっと出てないぞ」とか、「薬を堂々と飲み忘れてね」とか、仰天する言葉さえ飛び交う。

 心の病気は、治すことがゴールではなくて、症状が治まってからがスタートライン。ここからようやく、元の居場所や、健常者のいる社会で上手に生きる努力が求められる。

 そのとき、投薬で素早く症状を治めただけだと、また再発しかねない。だから川村先生は患者と一緒に生きていくことを考える。なぜ心の病気を発症したのか。患者がどんな問題を抱えていて、どうすれば解決できるのか。これらは、投薬で素早く治すと、なぜ発症したのか、その原因さえ忘れてしまうことがある。

 診療所を開設して以降、川村先生が“病気の話”を減らせば減らすほど、当事者たちの別の問題が見えてきた。無計画にお金を使って金欠だとか、嫌なことがあると音信不通になってパチンコへ現実逃避するとか、まともな生活ができなくて部屋が悲惨な状態になるとか。

 これらの問題は、まさしく心の病気から出てくる影響だ。だから解決しなければいけないのだが、もうちょっといえば、医者が症状の緩和だけを目標にしていたら、顕在化しなかった問題でもある。

 心の病気を抱えながら、どうやって暮らすか。当事者たちの人生に目を向けたとき、たとえ症状が消えなくても、ひっそりと病気が影を潜める。

 自分と向き合うには時間がかかる。たくさん迷う。だから一緒に考えていこう。病気の苦労と暮らしの苦労に立ち向かいながら、じわじわと、何か確かなものを身につけていこう。

 本書を読んでいると、両者の関係性がうらやましいと思った。川村先生の診察の様子に、医者と患者を隔絶する冷たい壁は感じない。どちらかというと、診察を通して彼らに安心を与えているような気がする。病気のことはあまり話さないけれど、代わりに“私とあなたはつながっている”という安心感。そんなつながりが、自分の住む地域にあるなんて、うらやましい。

支援は質より量で

 ひがし町診療所は、病気を治さなくてもすむ地域をつくりたいと考えている。そのために必要なのは、当事者たちを支援する人々だ。本書では彼らの暮らしを助ける看護師やソーシャルワーカーが登場する。さぞ有能なのかと期待するが、本人たちの話では、そうでもないらしい。

 大貫さんという統合失調症を抱える女性がいる。親はアルコール依存症、きょうだいは大貫さんの生活保護をたかりにくるヤバイ人たち、という特殊な家庭環境がある。さらに大貫さんには幻覚や幻聴があり、パチンコや男性依存症から抜け出せない。かつて子どもを2人生んだが育てられず、児童相談所が介入している。「どこに行っても闇」の、もがいても、もがいても、行き止まりの人生だった。

 そして大貫さんは、また子どもを授かる。所持金もなく、住む家もなく、いよいよ心中しようかと考えていた。危険を察知したソーシャルワーカーが、ひがし町診療所に連絡する。

 通常の対応ならば、児童相談所に対応を任せる超ハイリスク案件。しかし診療所の医療者たちは「ビッグイベントだ!」とわき立ち、すぐに引き受けることを決めた。

 そこからの模様は、本書に譲りたい。大貫さんに段ボール一杯の食料を渡したり、無事に子どもが生まれたけど「プチ育児放棄」が発生して対応したり、大変なことがいっぱいあった。とにかく色々あったけど、大貫さんはなんとか子育てと向き合うことができ、それに応じて少しだけ、今までより生活の質が向上した。これは普通では考えられないことだ。

 なぜこんな奇跡が起きたのか。本書で川村先生はこう語る。

「(援助するのが)ひとり二人だったらね、(受ける方は)すごく不安なんです。どっさり人がいるんです、ふふふ。質より量です」

 当事者を支援するのは、完璧なひとりより、しっかりしていないけどたくさんの人。このほうが温かくて厚みのある支援になるらしい。いや、支援というより応援だろうか。とにかく支援がほしい人を孤立させない。しっかりしていないけどたくさんの人が相談に乗ってくれる。それが当事者たちの地域での暮らしを可能にするようだ。

 別の当事者は本書でこう語る。

「しあわせだ」

 以前はちゃんと薬を飲めず、ちゃんと眠れなかった。でも、今はできる。

「おかしくて、いいんだ」

 笑いながらそう語る。とにかく本書が印象的なのは、どんなに悲惨な状況でも、最終的にみんな笑う。いや、「みんなで笑う」と表現したい。

 その様子が、私はうらやましくてたまらなかった。彼らの抱える問題を前に、そんなことを言ってはいけないのだけど、それでも私はうらやましくてたまらなかった。

文=いのうえゆきひろ