感染者バッシングや自粛警察を生んだ「世間」の4ルール。日本社会はなぜ息苦しいのか?
公開日:2020/9/11
“新型コロナの感染拡大は、日本および日本人のさまざまな面をあらわにしたと、僕は感じています”
演出家で『不死身の特攻兵 軍神はなぜ上官に反抗したか』(講談社)などの著者でもある鴻上尚史さんは、評論家で九州工業大学名誉教授の佐藤直樹さんとの対談をまとめた、『同調圧力 日本社会はなぜ息苦しいのか』(講談社)の前書きでこう語る。
確かに新型コロナウィルスの感染拡大を機に、これまでになかったものがいくつも生まれた。いい例(良い例ではない)が、「感染者バッシング」や「自粛警察」だろう。
病気は決して自己責任ではないし、誰にでもかかるリスクはある。しかし、コロナ感染者を迷惑な者と決めつけ、氏名や職場を暴いて徹底的に叩く。また「コロナ禍なのに店を開けるなんて」と、営業を続ける飲食店やバーに嫌がらせの電話や張り紙をする。パチンコ店は2020年8月時点でまだクラスターは発生していないにもかかわらず、その存在自体が悪であるかのような扱いだ。
2020年に入ってからずっと、こんなギスギスした空気が蔓延している。しかし鴻上さんは、
“それは、新型コロナによって新しく生み出されたものではなく、今までなんとなく水面下にあったり、自覚していなかったり、ぼんやりとしか感じなかったことが、はっきりしたかたちに、それも共謀で陰湿なかたちになって現れてきたと感じるのです”
と、以前からこの空気は存在していたと指摘する。
「世間」が同調圧力を作り上げた?
息苦しい空気の正体は何なのか。同書が示している答えは、「世間が生んだ同調圧力」だ。
皆がマスクをしている中で1人だけしないと、皆の迷惑を考えない不届き者になってしまうから、暑くてもつけ続けてしまう。でもマスクをしないで話している奴もいて何だか腹が立つ…そんな思いをしたことがあるのは、1人や2人ではないだろう。この「皆が(マスクに限らず)しているのに、しないなんてありえない」という心持ちこそが、同調圧力だ。そしてこの同調圧力は、世間によって作られると本書の2人は語る。
「世間」という言葉自体は珍しいものではなく、「世間体が悪い」など、当たり前のように使われている。しかし2人によれば欧米には「社会」はあっても「世間」はなく、世間は日本特有のものだという。
世間と社会の違いは、「ばらばらの個人から成り立っていて、個人の結びつきが法律で定められているような人間関係」が社会だとすると、世間は「日本人が集団となったときに発生する力学」で、『万葉集』の中で山上憶良が「世間を憂しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」と歌っているように、1000年以上前から日本に存在している。そして佐藤さんによれば、
・お返しのルール
→何かものをもらったりしたら、相手に返さないとカドが立つ
・身分制のルール
→「世間」の中の地位が大きな意味を持っていて、序列が上のものに従わなくてはならない
・人間平等主義のルール
→「みんな同じ時間を生きている」から、違うことをする誰かを強くねたむ
これに加えて、
・呪術性のルール
→「友引の日には葬式をしない」など、俗信や迷信に忠実
という、4つのルールがあるそうだ。
とはいえ、お返しのルールは日本に限ったことではない。また韓国語などにも「世間」に該当する言葉はある。しかし欧米ではお返しは相手に直接するだけではなく、社会的弱者など第三者に対しておこなわれることも多い。また香典半返しのような「暗黙のお約束」も、他国の習慣にはない。日本は4つのルールが揃っているからこそ、秩序正しく勝手な行動をしない代わりに、ルールを遵守しないと世間から排除されてしまうのだ。しかし常に秩序正しくいられるわけでもなければ、皆の意見に従いたくないことだってあるのが人間なのだから、これでは息苦しく感じて当然だろう。
「世間」を知ることで、息苦しさから逃れられる
2人は読者に「息苦しいのはその人の責任ではなく、世間から圧力を加えられているのだから恥じる必要もなければ、責任を感じる必要もない」と寄り添い、さらに「『世間』はこの先もなくならないものの、『世間』をよく見てよく知ることが大事だ」と語りかける。
たとえばどうしてコロナ感染者が謝罪に追い込まれるのか。それは病気をケガレととらえ、清浄であるべき「世間」から排除しようとする呪術性のルールが働くからだ。また、自粛警察がなぜオープンしている店を攻撃するのか。それは「皆休んでいるのに、あそこだけ開いているのは平等じゃない」という「人間平等主義のルール」が根底にあるから。――このように、起きている出来事のひとつひとつに「世間のルール」が関係していることを知っておくこと。それが息苦しさから逃れるためのヒントなのだということが、読み進めていくとよくわかる。
コロナは怖いけれど、同調圧力はもっと怖い。この本は日々怯えながらも同調圧力から逃れることができない人が、そこから距離を置くための格好の指南書といえるだろう。
文=玖保樹 鈴