名探偵“金田一耕助”にまつわる言葉を、片っ端から解説しまくる辞典!
公開日:2020/9/18
1946(昭和21)年に発表された『本陣殺人事件』で初登場して以来約70年、不遇の時代はあったものの、1970年代に映画化等で人気が復活、21世紀になっても愛される、作家の横溝正史によって生み出された名探偵金田一耕助。これまで数多くの金田一作品がドラマ化、映画化、舞台化等されてきたが、2000年代に入ってからも池松壮亮、石坂浩二、稲垣吾郎、加藤シゲアキ、上川隆也、長瀬智也、長谷川博己、古谷一行、山下智久、吉岡秀隆(五十音順)らが、ドラマや映画で金田一役を演じている。
金田一シリーズの代表作『八つ墓村』では、金田一の容姿についてこんな記述がある。
金田一耕助――年齢は三十五、六だろう。小柄で、もじゃもじゃ頭をした、どこから見ても風采のあがらぬ人物である。おまけによれよれのセルに袴をはいているのだから、よく踏んでも、村役場の書記か、小学校の先生くらいにしか見えない。おまけに少しどもるくせがある。(横溝正史『八つ墓村』)
しかし金田一が登場する作品で一番新しい『悪霊島』でさえ、刊行されたのは今から約40年前の1981(昭和56)年なので、読み進めると「これは何?」という古い記述もある。先ほど引用した文章の「セル」などは、意味がわからない方も多いだろう。セルとは毛織物の生地の種類で、春先や秋口に着られたものだが、金田一はずっと着ているのでよれよれ、つまり身につけるものに頓着しない一風変わった人という設定なのだ。こうした内容に関して事細かに解説するのが、“金田一耕助勉強家”を自称する著者と、横溝好きなイラストレーターの手による絵で、楽しくもおどろおどろしい世界を堪能できる『金田一耕助語辞典 名探偵にまつわる言葉をイラストと豆知識で頭をかきかき読み解く』(木魚庵:文、YOUCHAN:絵/誠文堂新光社)だ。
副題の通り、金田一に関すること――登場人物や事件、語句、小道具、場所、セリフ、作者の横溝正史に関係すること、そして原作小説だけではなく、映画やドラマの出演者やエピソード、金田一と関連のある人物や派生作品までを「あ」から「わ」まで五十音順に網羅している。さらに金田一の詳細や人物相関図、事件簿MAP、金田一耕助作品リスト、映像作品一覧、金田一耕助のファッションで遊べる「パタパタ着せかえ金田一さん」まである。ドラマで見た作品を読んでみたいが、古い作品なので語句などに引っかかって読み進められないのではないかと読む前から敬遠していた若い読者から、書籍や映像作品をこよなく愛するコアなファンまで楽しく読める充実の内容だ。
金田一を演じた意外な人といえば、今年惜しくも亡くなったコメディアンの志村けんだ。ザ・ドリフターズのバラエティ番組『8時だョ!全員集合』で志村が金田一に扮し、殺人事件を解決しにやって来るのだが、志村だけが化け物に狙われ、観客の子供たちに「志村~、うしろ~!」と突っ込まれる「金田一コント」、これもしっかりと「志村けん」の項目で説明されている。これ以外にも「さすがにないだろう」と思った語句も、探すとちゃんと出てくるのだから恐れ入る(語句のチョイスには相当悩まれたに違いない)。映画やドラマで金田一がよく口にする「しまった!」という言葉についての意外な事実や、「昭和56年12月28日」といった興味深い項目もあるので、気になる語句から読んでみると、なぜ一見風采の上がらない探偵が今も愛されているのか、その理由がよーくわかるはずだ。
最後に個人的な話で恐縮だが、私が金田一作品に初めて出会ったのは野村芳太郎監督の映画『八つ墓村』(金田一役は渥美清)だ。桜が舞い散る中、白塗りの凄まじい形相で迫ってくる田治見要蔵役を演じた山﨑努さんの恐ろしさが小学生だった私の心に刷り込まれたのだが、それ以降原作小説に興味が湧いて書店へ行くようなり、本格的に読書をするようになったので、人生なんて何がどう作用するのかわからないものである。そしてこの仕事をするようになり、取材で山﨑さんにお会いした際にそのことを恐る恐るお伝えすると「小学生じゃあ、怖かったろうねぇ」と笑っていらっしゃいましたが、今見ても十分怖いです……未見の方は本書を片手に、ぜひ。
文=成田全(ナリタタモツ)