直木賞作家・朝井まかてが描く森鷗外の末子・類…文豪の家に生まれた宿命を負った生涯が鮮やかに蘇る

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/11

類
『類』(朝井まかて/集英社)

 親という存在は一体何なのだろう。初めて目の前に現れる他者であり、愛着せずにはいられない相手であり、畏敬の対象でもある。大人になっても、越えられない壁のように、ずっと自分の目の前にそびえ立っている。そんな存在とどう向き合えば良いのだろうか。

 直木賞作家・朝井まかて氏による最新作『類』(集英社)は、森鷗外の末子・類の生涯を描き出した感動巨編。森鷗外といえば、小説家としてだけではなく、陸軍軍医や官僚としても名高い人物。そんな彼には、於菟、茉莉、不律、杏奴、類の5人の子どもがいた。この作品では、主に鷗外の末子で「不肖の子」の類や、勝手気儘な長女の茉莉、勉強家でしっかり者の杏奴の姿を描き出す。

 彼らは、鷗外という存在とどのように向き合ってきたのだろうか。明治、大正、昭和、平成…と時代の荒波に大きく揺さぶられながら、「鷗外の子」としての宿命を負った子どもたちの姿を生き生きと描き出す。

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 世の中「カエルの子はカエル」とは限らないし、「トンビが鷹を生む」とも限らない。鷹がトンビを生むようなこと、優秀な親からあまり出来の良くない子どもが生まれることだって決して少なくはないのだ。優秀な鷗外の子どもたちの中で、特に類は、気が弱く、泣いてばかりで、勉強が苦手な子どもだった。小学校では留年寸前。「頭に病気があるのではないか」と疑われるほどだったが、医者からは「病気ではない」と断言されてしまう。そんな類のことで頭を悩ませる母・志げは、「苦しまずに死なないかしら」なんて物騒なことまでつぶやく始末。だけれども、鷗外は、そんな類のことを「ボンチコ」と呼び、勉強ができないことは一切責めずに、いつだって可愛がってくれていた。

 だが、そんな鷗外も、類が12歳の時に突然この世を去り、森家の人々の生活は一変する。大きな喪失を抱える類は、自らの道を模索しながら、やがて姉・杏奴とともに画業を志してパリへ遊学することになる。帰国後、母・志げも他界。戦争によって財産が失われて困窮し、昭和26年には、東京・千駄木で書店を開業することに。そして、類は文筆の道で才能を認められていくのだが…。

 子どもたちは父・鷗外のことを「パッパ」と呼んでいた。明治、大正、昭和、平成と、時を過ごしながらも、類の心にあったのは、「パッパ」のこと。どんな時代にいても、辛いことがあっても、「パッパ」のことを思い出せば、明るい気持ちを取り戻す。子どもたちにとって「パッパ」の存在はどれほど大きなものだったのだろう。

 森鷗外の子どもたちが遺した随筆は読んだことがあったが、朝井まかて氏によるこの物語が、ここまで鮮やかに森家の様子を描き出していることに驚かされた。鷗外の子と呼ぶにふさわしい優秀な兄や姉。彼らとの能力の違いに苦しめられつつも、やがて、類は自分の道を見つけ始める。その姿にどうしてこんなにも感動させられるのだろう。鷗外の子であることの幸福。鷗外の子であることの不幸…。類の愛と苦悩に満ちた生涯が胸に染み渡る一冊。

文=アサトーミナミ