生徒が自殺した理由を教師がもみ消す!? いじめをテーマにした戦慄の学園サスペンス開幕
公開日:2020/9/16
教師が生徒のいじめを目撃する。きっと教師はいじめた生徒たちを叱り飛ばし、いじめられた生徒の話を聞くだろう。今までの漫画なら。
『クラスにいじめはありません』(永瀬ようすけ/新潮社)は序盤からその予想が外れる。
マジックで顔に落書きされた、どう見てもいじめられている女子生徒。中学教師で彼女の担任である西島匠(にしじま・たくみ)ははっきりとそれを目にしていながら、心の中でこうつぶやく。
“ま…深入りすんのはやめておこう”
西島はこの出来事を記憶から消す。
翌日はトイレの便器に女子生徒のスカートが詰まっているのを見つけるが、西島は「誰かが間違って流したんだろう」とあえて深く考えようとしない。同じ日、いじめられている生徒・太田真里奈(おおた・まりな)は西島にある相談をするが、西島の返答は太田をよりいっそう追いつめるものだった。直後、太田は自ら命を絶つ。
それでもなお西島に罪悪感はない。クラスにいじめはなかったと断言し、太田の葬式で煙草を吸いながら自分の教師としての境遇を哀れむ。西島の心の中には、いじめ疑惑も太田ももう存在していない。自分のことしかない。
1巻の表紙にはきりっとした西島と、顔に落書きされた太田の遺影が描かれている。表紙とはうらはらに西島の醜悪な性格は、ページをめくるごとに露になっていく。
こともあろうに西島は、今度は「いじめがあった」と訴える太田の親友、桐屋彩芽(きりや・あやめ)を追い込むのだ。そして彼は、生徒の誰かに自らの秘密も握られている。
太田をいじめた女子生徒は三人だ。愛らしい外見の橘萌華(たちばな・もえか)、明るく元気な麻倉由依(あさくら・ゆい)、太田の自殺に罪悪感を抱いているが橘と麻倉に従うしかない蓮見千佳(はすみ・ちか)。中でも1巻では橘の狡猾さが際立つ。
“なんでこんなひどいことするの?”
これはいじめられた生前の太田や桐屋の言葉ではない。橘、麻倉、蓮見が帰り道に桐屋を追いかけ回したあげく彼女を嘘つき呼ばわりし、橘が桐屋を見据えて放った言葉だ。
いじめた生徒たちはどのような家庭環境で育ったのか。思わずそう言いたくなった1巻の後半、橘の両親が登場する。彼女は親から甘やかされているわけではなかった。橘は父親から暴力を振るわれ、母親は娘に無関心だった。教師たちの前で父親に殴られても橘はへこたれない。傷をメイクで隠し、巧妙な手口で桐屋を悪役に仕立て上げる。仲間である麻倉と蓮見はもちろん、他のクラスメイトまで巻き込んでいくのだ。
桐屋は孤立するが、親友が自殺した悲しみと、いじめた生徒たちや役に立たない担任教師西島への怒りは消えない。
本作で印象的なのは、西島がいじめの事実をもみ消そうとするときだけきりっとした表情になることだ。それがまた読者の嫌悪感を煽る。西島が嫌なキャラであればあるほど、この漫画は勢いを増す。
教師、生徒、そして生徒の家族の抱える問題が絡み合う『クラスにいじめはありません』は多くの人たちに衝撃を与えるだろう。この物語が最後に迎えるのはハッピーエンドなのかバッドエンドなのか、現段階では予想もつかない。
文=若林理央