刊行当時よりますます増している、“今”を描くビビッドさ――西加奈子の叫びが詰まった『i(アイ)』に揺さぶられる人多数!
更新日:2020/9/22
※「第5回 レビュアー大賞」対象作品
「私自身、世界側の人間として、こうありたいということを、このタイミングで大声でめっちゃ叫んでみました」「ここに書いてあることは“今の世界”やから、ビビッドなうちに読んでもらえたらうれしいです」――これは、西加奈子さんが『i(アイ)』を刊行した際、又吉直樹さんとの対談で言っていたことだが、4年近く経過した2020年の今も、同書に描かれていることは変わらずビビッドであると思う。むしろ、訴えてくるものの強烈さは、増しているのではないだろうか。
主人公は、ワイルド曽田アイ。アメリカ人の父と日本人の母をもつ、シリア生まれの養子。苦境に生きるシリアの子どもたちのなかでなぜ自分だけが選ばれてしまったのか。世界中で、毎日、多くの事故や事件で人々が尊い命を落としているなかで、なぜ自分は生き残り続けているのか。繊細で聡明であるがゆえにアイは傷つき、悩み続けている。
〈自分のアイデンティティーについて改めて考えさせられた。と同時に、今、コロナウィルスの感染が広がり多くの人がなくなっている中で、自分が生きていることの意味も問われているような気がする。病に侵された人、戦争に巻き込まれている人、震災で被災した人…さまざまな境遇にある人と同じ気持ちになることはできなくても、深く想像することはできる人間でいたい。〉(もも助)
と読書メーターにコメントも寄せられているが、本作は2020年を生きる“今”の私たちに重なる部分がとても大きい。自分が恵まれた環境にいること、生き延びてしまっていること、それじたいは決して恥じるべきことではないはずなのに、無数の誰かに申し訳なさが募り、どうして自分なのかがわからなくて、葛藤をもてあましているアイの心情に、すべてではなくとも、共感する人は多いだろう。
〈西加奈子さん凄い、凄い。こんなに人の内面を赤裸々に言葉で語れるなんて本当に凄い。アイの全てに共感できる訳ではないけど、心の動き、感情の揺れは、生きている人間のものそのものだったように思う。〉(ラスカル No.1)
〈まいった。鍵をかけて押し込めて、無いものにしていたものが、ズルズルっと引きずり出される感じ。自分の傲慢さに気づかないフリをし続けていたのに◆でもそれでもいいんだよ、と。そっと最後に教えてくれる感じ〉(ちい)
「この世界にアイは存在しません。」――アイの人生に大きな影響を与える、数学教師の虚数iについて語ったこの言葉。世界に「I(自分)」はいかように存在するべきなのか。人々を本当の意味で救うことにつながる「愛」は果たして存在するのか。はじめて自分の居場所と思えた親友・ミナとの人生の対比や、まるごとの自分を委ねることのできた夫・ユウとの出会いを通じて、アイは、アイを探し続ける。
〈アイデンティティの確立を主人公の目線でここまで擬似体験させる本をこれまで読んできたことがないほど美しい本でした。 あたまから読んだときの感覚と出口に立ったときの感覚が全くちがう。 これこそ読書の醍醐味ってやつ。 いい体験をさせていただきました!〉(nari)
ラスト、彼女がたどりついた答えとその目に映った景色は、やはり「自分とは何か」を探し続ける読者の心を、強く揺さぶる。「ただただ、ぐっときました。この物語が流れていった先の、アイとミナがいるあのシーンは。」「アイ自身の物語を含め、いろんな感覚、価値観みたいなものを生み出している」と又吉直樹さんも述べている、文庫巻末に収録されている西さんと又吉さんの対談もふくめて、必読の一冊である。
文=立花もも
■「第5回 レビュアー大賞」特設ページ https://bookmeter.com/reviewer_awards/2020