『夫ちん』こだまの、滑稽な事件に巻き込まれ辛い思いをしながらも、それをネタにした楽天的エッセイ
公開日:2020/9/19
2017年に実体験をベースにした私小説『夫のちんぽが入らない』でデビューを果たした作家/主婦のこだま。同書はNetflixでドラマ化され、全世界に配信された。更に、2018年に上梓したエッセイ集『ここは、おしまいの地』(太田出版)では講談社エッセイ賞を受賞。その才覚が広く認められていった。
その受賞後初となる彼女のエッセイ集が『いまだ、おしまいの地』(太田出版)。『ここは、おしまいの地』という前著から連なるタイトルは、本書の舞台が寂れて殺伐とした田舎だからだろう。こだまは「ヤンキーと百姓が9割を占める」僻地で生まれ、夫の都合で転居するのも辺境の地ばかり。そうした土地の荒涼とした風景が眼前に浮かぶ情景描写は、著者の卓越した文才ゆえ。それだけで、彼女が信頼に足る作家だと分かる。
本書でまず目を惹くのが、ちょくちょく登場するこだまの家族親族。彼ら/彼女らが実にファンキーなツワモノぞろいで、キャラクターの濃さにいちいち圧倒される。サウナ好きの父親は自宅にDIYでサウナを作ろうと木材を持ち込むが、盛大に失敗。サウナがダメなら床暖房だと居間の床板をメリメリとはがし熱湯を注ぐが、収拾がつかず業者が尻ぬぐいをする。
アル中の祖父は小便をもらしながら千鳥足で村を徘徊。その挙動は神出鬼没で、時には草叢から急に飛び出してくる。そのため、地元では彼を轢かないように車を運転する、という暗黙のルールができる。
また、一人称が“俺”の祖母は、レジ袋いっぱいの手製のお手玉を見知らぬ小学生に渡し、しまいには小学校の校門の前であいさつ運動を始める。一種の「奇行」と取れるが、小学生からは「善行」と受け取られ、手作りの賞状やメダルをもらう。
行く土地々の閉鎖的な空気に絶望していたこだまも、色々な災難に巻き込まれる体質らしい。常軌を逸するほど個性的な人物(奇人・変人とも言う)と出会い、漫画のように滑稽な事件に度々遭遇する。
クライマックスは、ネットで詐欺に引っかかったこだまとその知人が、詐欺師の実家を特定して乗り込むくだり。こだまは危険を伴う計画だと知りながら、実行する前はどこかワクワクしていたという。
過度の緊張で自宅から出られなくなってしまう話やうつ病を患う話など、深刻なエピソードも多々ある。だが、それを多少の自虐を込めつつ、あっけらかんとユーモラスに描いているところが彼女らしい。
つまり、辛かった経験も文章化して成仏させてしまおう、というスタンス。失敗の内容が酷ければ酷いほど“おいしいネタ”になると考えれば、数奇な出来事に出くわすこともプラスになる。「転落しても、その体験を書けばいい」と、『ここは、おしまいの地』のあとがきで書いていたことを実行しているわけだ。
絶望の度合いが深かった『ここは、おしまいの地』に比べると、本書のトーンはかなり楽天的だ。また、以前にも増して、書くことで救われているようにも見える。作家としてのこだまは、奇異な人物や事件に出くわしても「エッセイのネタになるかも」という良い意味での下心があるのでは? というのは穿ち過ぎだろうか。
文=土佐有明