忘れられない元カノに「妊娠だけしたい」と言われ… 『往生際の意味を知れ!』は狂気の恋愛譚
公開日:2020/9/20
ある日7年前の元カノが現れてこう言うのだ。「私の出産記録を撮って」。続けて「精子が欲しい(だけだから容器に入れて)」と。
謎めいた不思議な女と、彼女に執着し続けた男との“狂気的”なラブコメ『往生際の意味を知れ!』(米代恭/小学館)が今、きている。
米代氏と言えば、『あげくの果てのカノン』(小学館)でも、価値観や倫理観を揺さぶるような、ネジのはずれたような恋愛を描き、当時ダ・ヴィンチニュース
(https://develop.ddnavi.com/interview/397581/a/)
でも話題になった。
『あげくの果て―』は存亡の危機にある特殊な状況で、ストーキングから不倫へと恋に溺れていく作品だった。社会通念的に正しいとは言えないかもしれないが、恋自体は普通であった。対して本作は1カ月で別れた元カレと元カノが7年ぶりに出会う、いってみればありふれた世界で起こる恋愛ストーリー。ただ当の2人の情念が異常に見えるのである。
ここまで書いておいてなんだが、この6月に1巻が発売された時点でもう一筋縄ではいかない状態なのに、物語はさらにぐんぐん加速していくのである。とにかく情報量が多い…さすが米代氏、とぜひ心して読んでほしい。
7年ぶりに会って「精子(だけ)欲しい。出産を映画にして」と言われた元カレ
主人公は市松海路(いちまつ かいろ)。彼は学生時代、映画を撮っていた時に出会った日下部日和(くさかべ ひより)に告白し、付き合い、1カ月でフラれていた。それから7年、市松は彼女への執着を失くしてはおらず「元カノと結婚したいです」と普通に口にする。毎晩のように日和が出演してくれた自分の映画を、独り見て、画面に話しかけ、想っていた。
いつか日和が
泣いてすがって、
俺の元へ
戻ってくるかも。けれど現実の日和は今頃、
俺の知らないところで働いていて、
知らない男とセックスをし、
結婚して、
子供を産む。
それでいいのだ。
実際のストーカー行為はせず、ただただ鬱屈として、映画も撮らず、公務員として働いていた市松。ある日、携帯電話が鳴る。日下部日和からだった。「頼みたいこと」があるのだと言う。それが、
「出産記録のドキュメンタリー映画を撮って欲しい」
「妊娠の予定も相手もいない。セックスもしない。ただ市松の精子だけ欲しい」
この2つだった…。
たとえ超絶好意があっても、まともな感覚を持っているのであれば断るだろう。彼女はその理由すら話さない。交渉(?)は不調に終わり、日和は「簡単に受けられないよね」と言う。だがこうも続ける。
…本当は、
市松くんより信頼してる人なんていないんだけど。
残念だな。使えば?
俺の精子。
「おいっ! 待て!」日本全国の読者はこうツッコむかもしれない。
逃げ出さないでね。
今度は絶対、手放さない。
そのためには、なんだってやってやる
ストーカー気味に執着する元カレと、一見サイコパスな元カノの歯車はかみ合いだしてしまうのだ。
元カノは本当にサイコパスなのか? 明かされる目的
2人はホテルに集合する。日和は注射器を使って市松の精子を注入しようと試み、市松はそれをドギマギしながら撮影する。張り付いたような笑顔だった日和は“たまに”照れたような表情をみせる。
異常な行動は起こすものの、恋する2人は異常ではない。
最初に、強烈なインパクトを感じた後だと、思ったより2人の距離、単純に近づいていくじゃん…と思うかもしれない。
だが、国民的人気の「ノンフィクション家族エッセイ漫画」を描く日和の母親の秘密と、妊娠とドキュメンタリー撮影の目的が明かされ、ターンが市松→日和へと変わる。
なぜ付き合って1カ月後、市松の誕生日にお泊まりした翌朝、別れを告げたのか。日和の断固たる意志と未来、彼女がやりぬこうとしていることとは…。多くの“why”も描かれていく。
本稿を読んで本作に興味を持ってくれた方がいたら、引用したセリフはぜひチェックしておいてほしい。加速していく物語に、あなたはきっとひきこまれることだろう。
また私たちは『あげくの果て―』のように、圧倒されるラストで、ようやくタイトルの意味を知るのだろうか。それもまた、不安であり楽しみだ。
文=古林恭