2人殺せば即地獄行きの世界。不可能なはずの連続殺人はなぜ起こったのか?

文芸・カルチャー

公開日:2020/9/27

『楽園とは探偵の不在なり』(斜線堂有紀/早川書房)

 2人以上殺した者は、“天使”によって即座に地獄に落とされてしまう。「降臨」から5年、不気味な天使が空を飛ぶようになってから、世界は変わってしまった…。本作『楽園とは探偵の不在なり』(斜線堂有紀/早川書房)は、“天使”の存在に翻弄される人間たちの姿を描くミステリー小説だ。『私が大好きな小説家を殺すまで』『恋に至る病』(ともにKADOKAWA)など話題作を連発する斜線堂さんの新作は、設定からしてミステリーファン垂涎であろう。
 
 何より注目すべきは、天使という存在を利用した“特殊設定ミステリー”としてのおもしろさだ。本作で起こる事件は、ミステリーではお約束といっていい、外部から立ち入ることのできない孤島で起こる連続殺人。ともすれば凡庸な作品になりかねないが、「2人以上殺した者は、天使によって地獄に落とされる」――このシンプルな設定ひとつで、ぐっと新奇性が増している。
 
 まず、犯人が次々とナイフで関係者を殺すような単純な連続殺人はできない。実際、島で最初の被害者が出たときも、周りの登場人物たちはそれほど動揺しなかった。2人殺せば地獄に落ちるのだから、そう簡単に次の犯行が起こるわけがない…というわけだ。しかし、犯人はぬけぬけと複数の人間を殺していく。ミステリー的な論点は、天使が何をもって「その人が殺した」と判定するか。犯人は、いかにして天使の罰を逃れたのか…。この設定だからこそのトリックに期待してほしい。

 もうひとつの読みどころは、天使という超常的存在によって、「人を殺すことの罪」や「探偵のあり方」が改めて浮き彫りになることだ。天使が裁きを与えるのは、あくまで複数の人間を殺したときだけ。であれば、当然こう考える者が現れる。「我々は、ひとりまでなら殺す権利があるのではないか?」。また、自分が直接手を下さない犯罪は、どういった扱いになるのか。天使に裁かれないなら、それは神に許された行為なのではないか。連続殺人の裏に見え隠れする真相も、この問いと密接に関わっている。

 探偵である主人公・青岸焦(あおぎし こがれ)も、天使の存在によって、アイデンティティに悩み続ける。探偵は、人が死んでから現場に駆け付け、犯人を暴き事件を解決する生き物だ。天使が罪人を裁いてしまう世界で、探偵にはどんな存在意義が残されているのか。かつて“正義の味方”として戦った仲間たちを思いながら、彼がたどり着く探偵像を見届けてほしい。

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 タイトルは、世界的なSF作家であるテッド・チャンの短編「地獄とは神の不在なり」(『あなたの人生の物語』(早川書房)所収)から。こちらも“天使”が降臨した世界の人々の生き様を克明に描く小説だ。両作品に共通するのは、神の存在を目の当たりにしたとき、必ず抱くだろう疑問である。「なぜ世の中から不幸はなくならないのか?」「なぜ悪は裁かれないのか?」。現実を生きる私たちは、何人殺しても地獄には落ちないのかもしれない。ミステリー小説よろしく完全犯罪をやってのければ、法の下に裁かれることすらないかもしれない。私たちは、フィクションを通じて神を仮想することで、世界の不条理さを再確認する。それがこのつらく苦しい人生の、変えることのできない前提だから。

文=中川凌(@ryo_nakagawa_7