「歴史好きを育てる」「人に語りたくなる」クイズ王・伊沢拓司氏も激賞する『マンガ日本の歴史』の魅力に迫る!
更新日:2020/10/1
『仮面ライダー』 『サイボーグ009』 などヒーロー作品で著名な漫画家(萬画家)・石ノ森章太郎氏。そんな氏が、ライフワークと位置づけて全力で取り組んだ作品がある。それが『マンガ日本の歴史』だ。本作は石ノ森氏が5年以上の歳月をかけ、全55巻を描きおろした、まさにビッグスケールのシリーズ。30年に亘って愛されてきた作品だが、2020年11月10日、ついに『新装版 マンガ日本の歴史』(中央公論新社)としてリニューアル刊行されることになった。
そしてこの『新装版 マンガ日本の歴史』のプロモーションを、東大出身のクイズ王でお馴染みの伊沢拓司氏が担当。本シリーズの魅力について、作品を手がけた石森プロの方々とともに対談形式で語った。石森プロからは、石ノ森章太郎氏は1998年に亡くなっているため、代表取締役会長の柴崎誠氏と、当時アシスタントで『マンガ日本の歴史』に携わっていた早瀬マサト氏が参加。まずは当時の苦労話から対談の口火は切られるのだが──。
早瀬マサト氏(以下、早瀬)「もう苦労しかないですよ(笑)。マンガが実写などと比べて優位性があるのは、デフォルメなんです。でもこの作品では、歴史考証家の先生からそれを禁じられるという。例えば巨大な建築物を描くときに『当時はこんな巨大な木はない』と。だから、かなり制約は厳しかったですね。でも、ちょうどその頃に石ノ森先生は『萬画宣言』を出されて、マンガで描けないものはないといっている。だからその中でいかに戦っていくかということで、これはある意味、戦いの歴史です(笑)」
大変な制約に縛られ、これだけでも相当な苦労であったことが窺われるが、その想像を遥かに上回るような状況であったことが判明することに。
早瀬「考証だけで通常の倍くらい時間がかかっていると思うんですが、当時はそれを200ページ描きおろしていたんです。今、週刊連載をやっている作家さんで、月に80ページくらいですから……」
伊沢拓司氏(以下、伊沢)「それが今現在マンガを描かれている方たちのマックスくらいだと考えると、すさまじいですね。でも、そのペースで描かないと、これだけのものを仕上げられないですよ」
柴崎誠会長(以下、柴崎)「石ノ森先生は早いからね。しかも、これだけやっているわけじゃないですから」
早瀬「他のレビュラーで『HOTEL』などを連載していました。でも200ページを描きおろすのも大変なスピードなんですけど、あるとき読者の方からのお便りがあって、現在80歳だとおっしゃるわけです。その方いわく『月に1冊だと、自分の人生において最後まで読めないかもしれないから、もっと早く出してくれ』と(笑)」
柴崎「気持ちは分かる(笑)」
想像を絶するスピードと苦労を経て創りあげられ、現在までに950万部を発行しているという本シリーズ。博識のクイズ王・伊沢氏はこの作品のよさをどのように見ているのか。
伊沢「非常に正確に描かれているのに、ストーリーとして読んでいて面白いというのが、すごくよいところですよね。しかも通り一遍の描き方をしていないというのもすごい。例えば弓削道鏡は、だいたい怪僧というか、悪者として描かれることが多いのですが、石ノ森先生のタッチだと、ちょっと違うんですよね。称徳天皇の側から要求されて、あれよあれよという間に地位を得てしまい、戸惑っているような表情で描かれている。道鏡の置かれた立場やスタンスを、歴史に忠実というか、デフォルメしきらずに描いているのはすごいな、と。マクロとミクロの切り替えというか、法律や制度といったマンガ的に面白くならなそうな話もキッチリと描き、その中で個々人の思いや表情にフォーカスすることでマンガとしての面白さを担保している。歴史への興味あるなしに関わらず、まずストーリーが楽しめるのは魅力だと思います」
本シリーズがスタートしたのは1989年、平成元年のことであった。この年、石ノ森章太郎氏は「萬画」を提唱し、マンガが多くの可能性を持ったメディアであるということを謳う。この『マンガ日本の歴史』シリーズは氏の宣言を体現するための作品だった──当時を知る人々は、そう述懐する。
早瀬「シリーズがスタートしたのは、1989年の11月でしたか。石ノ森先生は10年後に亡くなってしまうんですけど、作品としてこうやって残っていくっていうのは、作者は死んでないって気持ちになりますよね」
柴崎「先生の作品はキャラクターが生き生きとしてますよね。ここがやっぱり素晴らしい」
伊沢「歴史の1パーツとして捉えられかねない人たちが、ちゃんと自分たちの言葉で自分たちのことをしゃべってるように思えるんですよね。説明的じゃない、喋らされている感じがしないからスッと入ってくる。それこそ縄文時代を描いているところでも、誰か有名な人が出てくるわけではないから難しいのに、当時のリアルな生活感がすんなり伝わってくる。そういうキャラクターを創りあげていくスタイルはすごいと思います」
早瀬「ドラマチックというか、映画的ですよね」
伊沢「映画的というのは、まさにそうですね。場面の切り替わりとか」
柴崎「私も本棚の全55巻を駆け足で読み直したんだけど、なんとなくタイムマシンに乗って、その世界をずっと見ているような、そういう感覚になったな。傍にいる感じというか……。マンガっていうのはコマ割で全部表現しなければならないから、例えば映画監督とカメラマンの仕事をひとりでやらないといけない。改めてすごいよね」
伊沢「全部を自分で組み上げられたからこそ、ご自身の理念に基づいた作品が創られたのかなって感じがしますね」
早瀬「そもそもスタートした平成元年は、2月に手塚治虫先生が亡くなっています。マンガ業界の人たちが憂い、心配している中で、石ノ森先生は『萬画宣言』を出した。マンガでなんでもできるということを人々に知らしめなければならないと、この作品に力を入れていたんです」
柴崎「『萬画宣言』を実証した作品だよね」
伊沢「それを体現する場としては、とてもいい作品だったかもしれないですよね。歴史にはありとあらゆるものが入っていて、政治制度だけじゃなくて、その裏にはちゃんと生活があるということも描かれています。まさに『萬画(よろずが)』としての可能性を追求された作品だというのは、作品の後に宣言を読んでも、宣言の後に作品を読んでも感じられると思いますね」
多くの制作秘話が語られた対談も、石森プロから伊沢氏へ記念のイラストが贈られて閉幕。以降は伊沢氏への一問一答で、『マンガ日本の歴史』に対する思いを熱く語ってもらった。
――『マンガ日本の歴史』で最初に読んだのはどの巻でしたか?
伊沢「僕は天邪鬼なので、頭からは読まないんですよ。この「観応の擾乱」の巻からです。南北朝時代はとてもややこしいので、僕自身が勉強したい気持ちもあったし、どういうふうに描かれているんだろうと思って。するととても面白くて、ここから一気にいろいろなところを読みましたね」
――一番好きな時代はどこですか?
伊沢「定番ですけど、戦国時代です。小学生の頃、織田信長の伝記まんがから歴史の面白さにのめり込んだので。戦国時代は好きな人も多いので研究が進んで奥が深いし、様々な人物が登場します。全国各地でいろいろなことが起こっているから時系列の整理も難しいんですけど、石ノ森先生はすごくスッキリと描かれていて、読みやすかったですね」
――マンガで日本の歴史を読んでいて、クイズで役立ったことはありますか?
伊沢「いろいろと助けられていますけど、昔、僕が高校生以下のナンバーワンを決める大会に出たとき、決勝進出を決めた問題が学習マンガで読んだところで。それこそこのシリーズを読んでいれば、多分テレビのクイズ番組に出る日本史の問題は、ほぼカバーリングできると思います」
――『マンガ日本の歴史』は、どういう人にオススメしたいですか?
伊沢「いろいろな人にオススメしたいのですが、日本史がなんとなく好きだけど、なんとなくで終わったという20代の人ですかね。あと大学に入ったばかりの子とか、特に文系の人にはぜひ。いろいろな学問の基盤になると思います。歴史ってともすると簡単に書き換えられてしまうものだから、我々のような今後を担う世代が正しく知っておくのはすごく意味のあることです。このシリーズは歴史考証も大事にされていて、『こういう説もあるよ』みたいに慎重に描かれている部分なんかもあったりするので、このマンガを信頼して真摯に向き合うことによって今後に役立つことはたくさんあると思っています」
巨匠・石ノ森章太郎氏によって紡がれた壮大な物語『マンガ日本の歴史』。氏は惜しくも亡くなってしまったが、作品は今日まで受け継がれている。それは本作に注がれた情熱が本物である証であり、普遍的な魅力を備えているからだ。そして今後は『新装版 マンガ日本の歴史』として、次の世代の若者たちに読み継がれていくに違いない。
構成・文=木谷誠