『レッド』山本直樹最新作! 意味も思想もメッセージもない? 潔いほどシンプルなエロ漫画

マンガ

公開日:2020/10/3

田舎
『田舎』(山本直樹/太田出版)

 若い男女がひたすらセックスに耽る、潔いほどシンプルな漫画『田舎』(山本直樹/太田出版)は、思想も暗喩も伏線もテーマもメッセージもない。快楽のツボを探りながら、ヤってヤってヤリまくる……とまあ、これだけで書評を終わらせるわけにはいかないので、もう少し続けよう。

 舞台は海沿いの田舎で、登場人物は親戚の男女。男(フーちゃん)は大学生、女(キーちゃん)は中学生くらいに見える。夏休みに東京から親戚の家にやってきたフーちゃんは、キーちゃんに勉強を教えてあげる、というのが表向きの設定。少なくとも、あまり家にいない大人たちにはそう思われている。

 だが、どんな流れかは分からないが、フーちゃんは開始5ページ目で早くもキーちゃんの秘部をまさぐり始める。あっという間に、あっさりなるべくしてなるような行為へ至る。正直粗筋も何もあったものではないのだが、ふたりの濃密な情交にはさすが山本直樹氏と唸らざるを得ない。

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 特筆すべきは、性描写に特化するために無駄な設定やシーンを完全に排除しているところ。例えば、セックスに至るまでの空気の読み合いや探り合い、かけひきといったものは一切ない。面倒くさい過程をすっとばして冒頭から本筋へ突入する。途中で気づいたが、避妊もまったくしない。男性が避妊具を着用しないのは、漫画として「映えない」からそうした、としか思えない。

 ちなみに読んでいて連想したのが、ポツドールという劇団の『愛の渦』という、戯曲賞を獲り映画化もされた代表作。一夜の乱交パーティーの模様をこと細かに描いた作品で、行為に至るまでのプロセスのおかしみや心理戦を徹底的に描いたもの。肝心のプレイは喘ぎ声だけであっという間に終わる。同じ行為を描いていても、『田舎』とは対極にあるのだ。

 著者である山本直樹氏の前作は『レッド』という、学生運動の極点とも言うべき連合赤軍事件を潤色した作品だった。まもなく亡くなる登場人物には数字が振られ、物語の先には悲劇的なエンディングが待ち受けることを予感させる。そして、ひとつの事実に多様な解釈を与えるため、全体像をつかむことが非常に難しい。通読しないと混乱してしまうだろう。

 なお、この深遠な大長編は、2010年の文化庁メディア芸術祭の漫画部門で優秀賞を獲得した。ただ、これは民主党政権下だから可能だったという見方が強い。事実、91年の『BLUE』(光文社)は、東京都により不健全図書の指定を受け、版元回収となったことで話題になった。

 帯には「山本直樹の辿り着いた、結論にして新境地。」とあるが、本書は別名義も使い分け、粘着質のエロティシズムを追求してきた山本氏の、原点回帰と見るべき作品だろう。『レッド』のような複雑で入り組んだ構造/構成はここにはない。あるのは、即物的かつ動物的なセックスのみ。ただひたすら、エロ漫画としての「強度」が極まった傑作と見るべき作品なのだ。

文=土佐有明