新型コロナウイルス禍に現れた「自粛警察」の本質に迫る!! 「普通の人」が凶暴になるプロセスとは?
公開日:2020/10/3
新型コロナウイルス禍の渦中にあって、「自粛警察」や「マスク警察」といった言葉がマスコミに取り沙汰された。「警察」と呼ぶのは「正義の代行者」という意味とともに、「正義とは限らない」あるいは「権力を笠に着ている」といった暗喩などが込められているのだろう。他人を監視するかのような行動は独裁政治を連想させるし、嫌がらせをしたり暴行事件を起こしたりするまでに至っては自身を権力者と錯覚しているかのようだ。しかしそんな人たちも、普通の人のはず。過剰な行動を起こすプロセスを解き明かし、どうすれば防げるのかを論考しているのが、この『歪んだ正義 「普通の人」がなぜ過激化するのか』(大治朋子/毎日新聞出版)である。
本書を読んで驚いたのが、毎日新聞編集委員である著者が「現場に行くのに追われ、勉強不足になったり多角的な視点を補う余裕が持てなかったりする」と、ジャーナリストの問題点を指摘していたこと。殺人事件などが起きれば、犯人の家庭環境だとか、心の闇といった言葉を持ち出して、特別な存在に仕立てる偏った報道が目につくと感じていた私には、意外に思えたのだ。海外特派員を歴任した著者はイギリスの大学でジャーナリズムに関する客員研究員を務めたのち、休職してイスラエルの大学においてテロ対策などについて学んだそうで、本書はジャーナリズムとアカデミズムの視座を持った、「アカデミ・ジャーナリズム」(著者の造語)を実践したものと述べている。
国際的にテロの定義は決まっていない
過激化した人が行なう行為を「テロリズム」としている本書によると、国際社会においては「テロリズムの定義はない」という。インドが国連の特別委員会に定義案を提出したものの、2001年の9月に米同時多発テロが発生したことで議論が紛糾した末に却下され、各国が独自に定義しているのが現状だ。日本はどうかというと、2014年に制定された特定秘密保護法には「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し(後略)」とあり、政治目的とは限定せずに「考え方」を他者に強要する手段としての暴力的な実力行使や、その準備活動をテロと認定しているようである。
過激化を手助けする「イネイブラー」の存在
米同時多発テロによってテロの定義が定まらなかった一方、この事件を境にテロの実行者像が変容した。それまで事件を起こすのは過激派組織が主体であり、組織の中で個人の過激化が進んでいたのに対し、組織には入らないまま自己過激化する一匹オオカミ「ローンウルフ」が拡大傾向にあって、その外的要因は「イネイブラー(支えるもの、影響を及ぼすもの)」だという。本来は、アルコール依存症に苦しむ患者を支える家族や知人のことを指す医学用語だが、患者にお金を渡して酒を買うことを可能にしてしまう場合に用いる表現でもある。本書では、地下鉄サリン事件を起こしたオウム真理教を取り上げていて、組織的犯罪での主犯は麻原彰晃こと松本智津夫だとしても、実行犯の弟子たちにとっては麻原こそがイネイブラーだったのではないかと指摘している。
AIが人を過激化させる?
そして現代はインターネットによって、イネイブラーを得やすい環境が整っている。特にSNSを通じてフォロワーを集めるというのは、まさにイネイブラーを増やすことと同義と云って良いだろう。それでも情報を集める主体は自分なのだから、偏らないように気をつければ良いかというと、そう単純にはいかない。通信販売のアマゾンで買い物をすれば「あなたにおすすめの商品」が表示されるように、ユーチューブでも推薦機能によって好みの動画が目につきやすいようになっている。
私は、よくマスコミが、アニメやゲームなどの悪影響を大々的に報じることに対して反論したくなるのと同様に、ネットが事件を誘発するという論には乗れないと考えていたけれど、「見たい情報」が向こうからやってくるとなると、考えを改めなければならないかもとも思った。
過激化する人としない人は何が違うのか
しかし誰もが同じプロセスに入るとは限らないのも、また事実である。本書では3つの説が示されていて、その中の一つ「リソース(資源)保存モデル」に私は注目した。人は、「価値があると考えるリソース」を失いそうになると「追加の資源を常に確保しよう」とするというもので、その資源がイネイブラーからの共感や称賛だとも考えられる。SNSにおいて、著名人や社会的地位があると思われる人物が過激な発言を投稿するのは、自身の能力であるとか交友関係などが加齢や環境の変化といった要因により目減りしているのを、別のモノで確保するための行動なのかと仮定したら、なんだか急に腑に落ちたのだ。
また人間は、もとより「認知バイアス」という認知の偏りがある。マスコミは型に嵌めた報道をする、と考えるのもバイアスのかかった先入観である。思考のバランスシート(貸借対照表)に気を配り、負債を溜め込まないよう努力していきたい。
文=清水銀嶺