あの福島原発事故の医療現場で何があったのか。最前線の医師たちの壮絶な10日間の記録

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公開日:2020/10/4

誰が命を救うのか 原発事故と闘った医師たちの記録
『誰が命を救うのか 原発事故と闘った医師たちの記録』(鍋島塑峰/論創社)

 新型コロナウイルスを想起させると話題になっていた、小松左京原作・深作欣二監督の映画『復活の日』(1980年作品)を観た。実は以前に途中までは観たのだけれど、あまりの重苦しさと幼い子供たちが犠牲になっていくシーンに耐え切れず視聴を放棄してしまったのだった。同作の殺人ウイルスと違いコロナウイルス自体は、ありふれた風邪の原因ウイルスの一つで、その特性は大きく変わっていないとはいえ、もとより風邪を治す薬は開発されていないため、感染の拡大を抑える以外に手立てが無く医療現場では見えない敵との、先の見えない闘いを強いられているのが現状だ。そして9年前の東日本大震災における原発事故の現場でも、医療従事者が放射線という見えない敵と闘った記録が、この『誰が命を救うのか 原発事故と闘った医師たちの記録』(鍋島塑峰/論創社)に収められている。

 日本で緊急被曝医療体制が整えられたのは、1999年に茨城県の東海村で起きた「JCO臨界事故」を契機としてのこと。この時には作業員3名のうち2名が亡くなり、事故による放射線被曝で死者が出た日本初のケースとなった。

 そして、2011年3月11日14時46分に三陸沖を震源とする巨大地震が発生し、地震の揺れでは無事だった福島第一原発は、しかし15メートルを超える巨大津波に襲われて、15時42分に全電源を喪失、制御不能に陥ったことから19時3分に菅直人首相(当時)が「原子力緊急事態宣言」を発出した。

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訓練通りにはいかなかった宣言後の状況

 この宣言が発出される前の17時の段階で、対応を始めた医療従事者たちがいる。それは千葉県にある「放射線医学総合研究所」の職員たちで、原発事故の一報を受け参集し出動の準備を整えていたという。しかし出動した彼らは、想定外の事態に遭遇した。原子力災害対策本部の直轄機関として現地での対策拠点となる「オフサイトセンター」が設置された場所が福島第一原発からわずか5キロほどの地点だったため、翌日には避難区域の半径10キロ圏内に含まれてしまったのだ。しかも証言者によれば、「参集している人数がとても少ないことにまずびっくりしました」という。訓練の時には、政府関係者や東電、警察や消防、自衛隊に、立地の道県や市町村の職員が集まり、それぞれの指揮を執る手はずになっていた。だが、巨大地震と巨大津波でライフラインが寸断され、訓練どおりに集まることなど叶わなかったのだ。

迅速さを取るか、安全性を取るかの選択

 放射線被曝への対応とは別の専門家チームも出動した。阪神・淡路大震災では救助後に手当てができず多くの患者が亡くなり、現場での迅速な救護処置が何より重要という反省により生まれた「DMAT(災害派遣医療チーム)」である。だが、瓦礫の下からの救助者を治療するつもりだったチームは現地に到着すると、先にいた医師から早々に防護服への着替えを求められ、避難者の放射線汚染を調べる要員として配置されることとなった。もちろんそんな訓練など受けてはいなかったが、同じ医療者として従事した。むしろ問題だったのは、病院から避難させられた患者が硬い床に敷いた布団に寝かされており、今にも亡くなりそうな状態であることだった。ただちに治療したり、他の医療施設に搬送したりしたかったが、福島県のDMAT本部に電話をすると、汚染されている可能性があるため「その患者たちに触れてはいけない」と指示されたという。それでも、現場のチームリーダーは「状態の悪い人が目の前にいれば処置をする」救急医の基本理念を信じて治療に当たったという。

医療崩壊とはどういう事態か

 しかし、現場での判断も他所には通じない。放射線被曝しているか分からない患者を受け入れてくれる医療機関を探すのに難航し、懸命に交渉して応じてもらえる搬送先を見つけた時には、数名が手遅れで亡くなってしまったという。これには縦割り行政の弊害もあったそうで、現在でこそ原子力規制庁や内閣府が担うことに改められたが、当時は原子力災害への対応は文部科学省の管轄で、DMATを管轄しているのは厚生労働省だったため、複合災害に対応できなかったのだ。また、そもそも病院自体が被災するなどというのは想定されていなかった。避難のためにバスに乗せられた患者たちの中には、自力で座ることもできず床に転げ落ちてしまったり、認知症で会話すら困難だったりして、避難所に着いた時点で衰弱していた人もいたという。まさに医療従事者を充分に配置できず、医療機器も揃えられない事態だったのだ。

 連科学委員会の報告書や福島県の県民健康調査検討委員会の評価部会によれば、原発事故による放射能汚染で懸念されていた、住民への健康被害は起きていないとする中間報告が公表され、ひとまず安心できるのは喜ばしいことではある。しかし、現在の新型コロナウイルスによる厄災がそうであるように、私たちは本書のプロローグのこの言葉を肝に銘じて想定外に備えなければならないだろう。

「誰かスーパーマンがやってきて、問題を解決してくれるわけではないんです」

文=清水銀嶺