「自分の好きなことを見てもらえばいい」/富田美憂の「私が私を見つけるまで」②

アニメ

公開日:2020/10/18

富田美憂の「私が私を見つけるまで」
イラスト:富田美憂

「声優になりたい」という夢が自分の中に現れたものの、はたしてどうやったら声優になれるのだろうかと、ふわふわ考えていました。

 

真っ先に頭に浮かんだのは養成所に通うことです。声優といえばみんな養成所に行って勉強をする、というのをテレビでよく目にしていたからです。

でも当時の私は中学三年生。受験生でした。もう志望校も決まっていて、両親も受験勉強を全力でサポートしてくれていました。高校も義務教育じゃないから今よりお金がかかるし、それにプラスして養成所に通うとなると金銭面的にかなり家に負担をかけることになる。

しかも私の他に弟達が2人いて、2人の弟の今後のことも考えると、叶うか分からない私の夢のために、家族の負担を増やしてはいけなと思いました。だから普通に高校を卒業して、在学中にバイトをしてお金が貯まったら専門学校に行こう、と。

 

そんなある日、母がある雑誌を買ってきたんです。書店に並んでいた1冊のオーディション雑誌でした。そこに載っていたのが、私がアミューズに所属するきっかけになった「声優アーティスト育成プログラムセレクション」の募集です。”合格者は各社がそれぞれ実施する育成プログラムを1年間無料受講”と書いてありました。

「これなら、家族に負担をかけずに声優の勉強ができるかもしれない」と思いました。

それと同時に、なにも知らない素人の私なんかが受かるはずがないという気持ちもありました。そんな時両親が、「やってみないとわからないんだからやるだけやりなさい。受けずに後悔するなら、受けてみて駄目だった時に後悔した方が100倍良い」と言ってくれたんです。その一言で一気に前向きになれました。確かにそうだよなって。

そんな両親の後押しもあり、まずは書類審査。オーディションに応募する用のプロフィールを書いたり写真を撮ったりしました。特技とか自己PRはかなり悩みました。ぱっと目を引くような特技なんて私にはないし、これといった長所もない。でも母が「審査員に媚びるようなことを書くんじゃなくて、美憂が好きなことを素直に書いたらいいんじゃない?」と言ってくれたんです。「ママは美憂の歌、好きだなぁ」って。今思うといつも私に助言をくれるのは両親な気がします。それは今も昔も変わってないです。

だからプロフィールには「歌うことが好きです」って書いたかな。

そんな悩みに悩んだプロフィールもあってか1次審査である書類審査は無事通過。

でも問題は2次審査でした。2次審査では実際に審査員の方々がいるスタジオに行って、台詞と歌の披露、自己PR、質疑応答などを行います。

事前に与えられたいくつかの台詞の中から自分で2つくらいセレクトしてそれを読み、歌も自分で選曲してそれをなんとアカペラで披露する。

台詞はあっさり決まりました。女の子の台詞をひとつ、あと、私は声が低めなので男の子の台詞をやってみようと。

悩んだのが歌です。一体何を歌ったらいいのか、女の子だから可愛いユニット系の歌を歌った方がいいのかな、とか。

でもこの時も「好きなことを素直に書けばいい」という母の言葉が頭をよぎりました。

プロフィールを書いたときと一緒で、もし周りと違っていても、好きな曲で評価してもらったほうが後悔しないんじゃないかなって。なので私は、当時大好きだった『うたの☆プリンスさまっ♪』の“Winter Blossom”を、歌唱曲として持っていくことにしました。

2次審査当日、それまでしたことのなかったメイクを母にしてもらい、この日のために買ったワンピースを着て、母と一緒に電車に乗りオーディション会場まで行きました。

母とは会場前で別れ、スタッフの方に案内されて控え室に入って驚愕しました。

もちろん私みたいに初めての方もたくさんいたとは思いますが、オーディション経験が豊富そうで上手な方がそれ以上にたくさんいたんです。

私がやったことのない発声練習を鏡の前でする人たち、中には審査員の方々がいる部屋に入っていく時の入り方まで練習している人たちもいました。しかもほとんどが私より年上の、お兄さん・お姉さんばかり。「こんなにすごい人達がたくさんいるのに、私は下手くそだし絶対無理だ」――そんな気持ちで、頭がいっぱいになりました。圧倒されるというのはこういうことなんだと。正直怖くて帰りたくなりました。

でも、来たからには頑張らなくちゃ。

自分の番が来るまで気持ちを落ち着かせるために歌おう、と思って用意してきた歌を歌いました。すると、控え室がシーンとなったんです。

今思えばまわりの人達はこの子上手い、と思ってくれていたのかもしれないと思いますが、この時は「あれ、私なんかまずいことしちゃったかな。空気悪くしたかも…」ってかなり焦りましたね。

そんなことを考えているうちにスタッフさんから名前を呼ばれ、審査員の皆さんがいる部屋に行きます。

ステージにはMCの方と私だけ。前にはスーツを来た大人の方々が10人くらいいたかな。緊張でガチガチだったと思います。

まず自己紹介をして課題台詞の披露。特にこれといった反応がない。やっぱり私じゃだめかな、と思いつつも歌を歌い出しました。

そうしたら、歌を歌った瞬間、審査員の皆さんの顔が一気に上がったんです。

もしかして、興味を持ってもらえてるのかも…?という期待と不安の中、ワンコーラス歌い終え、質疑応答に移ります。

確か、空手を少し披露したかな。他にもどんなアニメをみてどんな曲を聴くのか、憧れている方はいますかなど。心無しかアミューズの審査員の方々からの質問が多かったかな。その中の一人が、今のチーフマネージャーさんなわけですが。

 

会場を出て母と合流し、オーディションでの出来事を話して帰りました。すごい人が沢山いたんだよ、MCの方がすごく気さくで面白い方でね、とか。

正直2次審査を通過する自信はなかったけれど、たくさんの人に自分のことを知って貰えたことが嬉しかったです。だから母とも、もしこれが落ちてもまた次チャレンジしようって。
そこから数週間後、私が学校に行っている間に2次審査通過の電話があったと母に聞きました。

まさか自分がここまでこられるなんて、という気持ちが1番大きかったです。

 

という感じで、今回はかなりボリューミーな内容になりましたが、次回は最終オーディションのお話をしようと思っています。

(次回更新は11月1日の予定です)