死なない以外のメリットを/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』③

小説・エッセイ

更新日:2023/6/13

オズワルド
オズワルド 畠中悠(はたなかゆう/左)伊藤俊介(いとうしゅんすけ/右)

 生きていけるなあと思うことが多い。

 この、生きていけるなあと思ってしまう瞬間は、この世のなによりも僕を甘やかし、あーいじょぶあいーじょぶ(大丈夫大丈夫)と堕落が手招きする方へと僕を運ぶのである。

 

 先日、電車の中に財布を丸ごと忘れた。免許証やら保険証やら、僕の全てが、僕のなにもかもが入っていた。

 すぐさまTwitterで財布を落としたということをツイートした。

 

『青い長財布で、チャックの部分が黒い財布』

という情報を上げ、情報をくれた人を残りの人生での神様としようということだけ決めてひたすらに待った。奉り準備オーライであった。

 すると、うちの社長(相方)が、僕のお財布捜索土下座ツイートを引用リツイートしてこう呟いたのである。

 

『伊藤は焦ってます。青ではなく黒の長財布で、チャックの部分が青かったです』

 邪魔をするなら殺すしかないかと思った。

 そんなわけないのである。僕の財布だもの。どうしてそんなにもアゴの長いこと言ってくるのよと思った。

 すかさず、もう黙っててくれと引用リツイート返しを喰らわせてやったあと、再びあみんくらい吉報を待ち続けた。あみんくらい待ったという経験を、いつかあみんに会った時に肩を抱き合い笑いながら話せる日が来ると信じて。

 

 結果的に財布は普通にJRの忘れ物センターで見つかった。

 しかも中身は全て無事で1円も減っちゃいなく、本当に超ニュアンスだが、ヘイみんな! ニホンはまだまだニッポンだぜ! と思った。舞い上がっていた証拠なのだ。

 どうやら財布は真っ黒であったが、社長には限りなく黒に近い紺だったと報告させて頂いた。ごめんね社長。一緒に売れようね社長。

 

 ただ、なにが恐ろしいって、あたくしのどうしようもないだらしなさが招いたこの一連の騒動の中、丁度一番見つかんねえかもなと思っていた頃、脳裏に浮かんだ言葉は、

『でもまあ生きていけるなあ』

であった。

 

 また別の日。今度は携帯を落とした。

 演芸おんせんの矢巻という僕の宝物と飲んだ帰り道。

 雨が降っていて、交差点で宝物がタクシーで帰るのを見送り僕は走って帰った。

 家に到着し、まだ起きていた現家族兼宝物の蛙亭岩倉と少し喋りながら、ハッと気づいたというよりは、じわじわとグラデーションのように携帯を落としたことに気づいていった。あの気づき方した時の恐怖の長さったらない。確信が無い時の方が僅かな光が消えていく様を見せつけられている気がするの。おじさんはそう思うの。

 

 グラデーションがはっきりと携帯落とした色に染まった時、僕は岩倉の話を遮り、声帯を使わずに出した声量で、携帯落としたと呟き外へと飛び出して行った。

 

 たいした距離は歩いていない。

 時間もそれほど経っていない。

 必ず見つかる。必ず見つかるって誰か言って。必ず見つかるって言って抱き締めて。その後キスしてまた抱き締めて。

 僕はウルトラテンパっていた。

 歩いて来た道を警察犬の魂で辿っていく。

 携帯は思いの外すぐに見つかった。

 見つけた場所は交差点のど真ん中であった。

 

 3歩で拾える位置に佇む携帯電話を、僕はすぐに拾うことは出来なかった。だって信号赤なんだもん。すんげえ車走ってたし。

 そこからは自分の携帯が目の前で轢かれまくる姿を見つめるだけの時間であった。なんかみんなわざと携帯轢いていってんのかなと思う程轢かれまくっていた。誰も避けない。マリオカートのアイテムじゃないんだから。

 その時僕は、もしこれから先大切な人が苦しんでいるのに、目の前で傷ついているのになにもしてやれることが出来ないなんて思ってしまう時が来たら、少なくとも信号赤だろうが抱き締めてやろうと思った。

 そして同時に、

 

『生きていけるなあ』

 

と思ったのである。

 

 財布無くしても携帯落としても、生きていけるなあと思ってしまうことは、良く言ってしまえばとっても楽観的。

 が、全体的に見るとただの激キモ君である。

 だって生きていけてしまうだけなのだから。死なない以外のメリットがないのだから。

 

 ポジティブな自分の性格は嫌いではない。救われることもある。

 それでも、生きていけるという考えを盾に生きていってしまう奴は、確実にまた財布無くすし携帯落とすのである。

 

 芸人を続けることも似ている。

 食えなかろうが仕事なかろうが、バイトしたり貧乏を我慢出来れば続けていけてしまう。

 続けていくではなく続けていけてしまうのである。

 この感覚になってしまうのだけは避けたい。

 生きていけるという感覚はどちらかといえばこちら寄り。生きていくの方が自ら生きている感じがする。選択して生きている感じがする。

 

 長いんだか短いんだかわからないここまでの人生の中で、とりあえずはわかったフリでもしてないと、割と簡単になんだか人として終わってるみたいなジャッジが下されたりするもんだから、とりあえずはわかったフリをしてグダグダと生きてきた。

 生きていくことを、生きていけると感じてしまうことは、この代償の1つなのだろう。

 

 伊藤俊介31歳。

 だから今日からちょっとだけ、そんな急には変われないからちょっとだけ、生きていけるではなく、生きていこうと思うのである。

 一旦辞めさせて頂きます。

オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。