歴史に潜む不可解な謎……科学や合理性で説明できない奇譚はどうして生まれたのか
公開日:2020/10/25
ヨーロッパの怖い話と聞くと、何を思い浮かべるだろうか。
会うと必ず死ぬと言われるドッペルゲンガー、血を吸うドラキュラ、映画のタイトルにもなったエクソシスト……。すべておどろおどろしくて非現実的なもののように感じてしまうが、背後にあるのは実話や古くからの伝説だ。
『中野京子の西洋奇譚』(中央公論新社)は『怖い絵』シリーズで有名な作家兼ドイツ文学者、中野京子さんがヨーロッパの21の怖い話を詳しく紹介している。
“この世には、科学や合理性で説明できない不思議な出来事が時として起こる。”
あとがきで中野京子さんはそう語る。本作の最初の章で説明されている「ハーメルンの笛吹き男」からしてそうだ。
笛を吹き子どもだけを呼び寄せ、さらっていった男の話だと聞けば、なんとなく思い出す人も多いだろう。グリム童話の一つなので、フィクションのイメージが強い。
しかし13世紀末、「ハーメルンの笛吹き男」が公式文書に記されたことを知っている人は、日本にはほとんどいないのではないだろうか。笛吹き男が実際はどのような人物だったのかはわからない。ただ多数の子どもたちが街から消えたことは事実だったのだ。
著者はこれまでに研究された、いくつかの説を出し、それぞれ信憑性に乏しいか否かという観点から分析する。
怖い話の基となった時代は中世ヨーロッパばかりかと思いきや、そうとは限らない。
例えば「ホワイトハウスの幽霊」の章では、アメリカの第16代大統領リンカーンと第35代大統領ジョン・F・ケネディに共通点があったことに焦点があてられている。リンカーンは劇場の2階桟敷席で殺害され、ケネディもまたオープンカーでのパレードの最中、撃たれた。
“どちらも後頭部を狙われている。公衆の面前での暗殺の場合、ふつうは胸部を狙うことが多いにもかかわらずだ。”
もちろん共通点はそれだけではない。1世紀ほどの開きがある二人の大統領なのに、知れば知るほど不気味なくらい彼らの状況がシンクロしていることに気づかされる。
時代だけではなく「怖さ」の種類も多岐に亘る。
「貴種流離譚」の章では、フランス国王ルイ14世の指示によって34年間顔を隠し幽閉された男や、17世紀ロシアに突然現れた謎の少年などが登場する。ロシア最後の皇帝ニコライ2世の娘アナスターシャを名乗る人物が、皇帝一家の死後現れたことは映画『アナスタシア』などのエンターテインメント作品になっているので有名だ。正体不明の謎の人物を「貴人」と見なす事態の中には、本人の身分を超えた地位を名乗ろうとする僭称者ももちろんいた。
また、1959年に起きた「ディアトロフ事件」は、スキー・トレッキングに向かった若者を中心とする9人が全員変死体で見つかった事件を指す。未解決事件もまた、幽霊や摩訶不思議な人物と同様に私たちに底知れぬ恐怖を与える。
時代も怖さの種類もさまざまな『中野京子の西洋奇譚』。怖い話について詳しく知りたい……そんな読者の知的好奇心を満たしてくれる一冊だ。
文=若林理央