史上初の「女性棋士」になるのは誰か? 将棋に懸けるふたりの天才の物語
更新日:2020/10/23
今、現実でもフィクションでも「女性棋士」がアツい。なぜなら、史上初の女性棋士が生まれる期待が日に日に高まっているからだ。最近行われた第66回三段リーグ戦では、西山朋佳三段が第3位で次点となり、プロ入りまであと一歩に迫った。現実世界での盛り上がりに呼応するように、小説でも女性棋士をテーマにする作品が増えている。アニメ化もした人気ライトノベル『りゅうおうのおしごと!』(白鳥士郎/SBクリエイティブ)でも、ヒロインの空銀子が三段リーグで激闘を繰り広げる姿が描かれた。
ちなみに、よく混同されるが、「女性棋士」と「女流棋士」は別物だ。女性棋士は、「女性の棋士」。男性と同じように奨励会に入り、毎回2名しかプロになれない激戦の三段リーグを突破し「四段」になる必要がある。女流棋士もれっきとしたプロ制度だが、純粋な棋士の世界とは基準が異なる。事実、かつて女流棋士として活躍したタイトルホルダーたちは、まだ誰ひとり三段リーグを制していない。そのことを考えると、この差も理解できるだろう。
なぜ、女性は棋士になれないのか? そもそもの競技人口の差、体力的な問題、遅くまで研究会に打ち込めない…などいろいろ巷では言われてきたが、本当のところは誰にもわからない。だが、それがとてつもなく険しい道のりで、並みの才能や精神力では到達できないことは男女問わず確かなことだ。だからこそ、そんな逆風に死に物狂いで抗う女性の物語に、私たちは強く心を揺さぶられる。本稿で紹介する『盤上に君はもういない』(綾崎隼/KADOKAWA)には、棋士を目指すふたりの女性が登場する。
読み手までも燃え尽きてしまいそうなアツい闘いの裏に…
ひとりは、諏訪飛鳥(すわ あすか)・16歳。高校1年生だ。祖父に永世飛王を持ち、幼い頃からレベルの高い環境で将棋を指してきた。将棋エリート、といっていいだろう。それでも、自分の実力を正しく認識し、決して奢らず努力を怠らない。「将棋には男も女も関係ないんだって証明したいんだよね」。女流棋士としてもタイトルを持ち、三段リーグに挑戦する。
対する千桜夕妃(ちざくら ゆき)は、飛鳥よりも一回り年上の26歳。プロ入りの年齢制限が迫る中、女流棋士の資格を取らず「棋士」一本にかけてきた。生まれつき肺に問題を抱えているため、ライバルたちよりも体力がないからだ。対局中には重い咳をし、休場を繰り返しながらもプロ棋士を目指す。彼女がそれほどまでに将棋にこだわろうとするのは、なぜなのだろうか…。
三段リーグの最終盤、史上初の女性棋士誕生をかけ、ふたりは直接対決することになる。これだけでも相当アツい展開だが、脇を固めるキャラクターたちが一層物語を引き立てる。たとえば、飛鳥の才能に注目し、記者として追いかける佐竹亜弓(さたけ あゆみ)。彼女が飛鳥の懐に入り込むことで、表には出ない飛鳥の姿が明らかになる。史上最年少での四段昇格がかかる竹森稜太(たけもり りょうた)は、圧倒的な棋力で三段リーグをより厳しい戦場へと変える。それぞれの思いが交錯する最終局は、読者も燃え尽きてしまうかと思うほどの熱量である。
綾崎さんの小説は、いつも濃密な人生の物語だ。普通の作品ならたっぷり間をとって回想するような重要なシーンも、登場人物の語りで流れるように進んでいく。感情の波が一気に押し寄せてきて、読者はもうひとつの人生にどっぷりとハマり込むことになるだろう。本作もまた壮大なふたりの女性の物語であり、本を閉じた後も、しばらく現実に戻れない。過去敗れたすべての女性たちの祈りが折り重なった「女性棋士」という悲願。現実でもフィクションでも、これを見逃すわけにはいかない。
文=中川凌(@ryo_nakagawa_7)