待望の『Number』 将棋号第2弾はある? 爆売れした将棋号についてNumber編集部に聞く!

エンタメ

公開日:2020/11/6

Number
『Number』1010号(文藝春秋)

『Number』 の略称で親しまれているスポーツ総合誌『Sports Graphic Number』(文藝春秋)が、創刊40周年を迎えて初めてとなる“将棋号”の1010号「藤井聡太と将棋の天才。」を発売し、増刷に次ぐ増刷で23万部という爆発的な売れ行き・発行部数を記録した。企画の主軸は、18歳にして希代の天才棋士として名を轟かせる藤井聡太二冠。将棋界のスーパースターを表紙に据えた同号は、全国の書店で予約完売が続出し、SNSなどでも「Numberが将棋!?」「そんな時代がやって来るとは!」「写真も中身も詰まっている」と驚きをもって歓迎されている。

 そこで今回の特集号が誕生するに至った経緯から、反響の大きかった企画について、また今後も“続編”がつくられるのかなど、編集長の宇賀康之氏と将棋担当デスクの寺島史彦氏に話を伺った。

コロナ禍のピンチとNumberの将棋愛

 世間で驚きをもって迎えられた同号誕生のきっかけには、コロナ禍のピンチに見舞われた背景があった。周知のとおり、東京オリンピックは延期が決定。そのため、当初から予定されていたオリンピック特集号がつくれないこととなった。一方で、満を持したとも言える背景が後押ししたようだ。宇賀編集長が明かす。

advertisement

「今夏のオリンピックがなくなってしまったので、急きょ編集部員から企画を募ったんです。そこで将棋をやろうとなりました。実は、以前から寺島をはじめ声は上がってはいました。それに、その時ちょうど藤井さんが棋聖戦で2連勝していて、あとひとつで戴冠というところで、世間的な盛り上がりもすごかった」

 藤井聡太二冠が、14歳だった2016年のプロデビュー戦で、76歳の加藤一二三九段(当時)に勝利し、無敗のまま29連勝という歴代最多連勝記録を更新したのが2017年。センセーショナルだった「藤井ブーム」「将棋ブーム」はやや落ち着きを見せていたが、この夏に棋聖と王位というダブルタイトル戦に挑んで両タイトルを獲得。この史上最年少での二冠達成に、ブームが再燃していた。

「だから、自然な流れだったとも言えます。時代を変える要素を持った天才。そういったスーパースターのことは、皆さんやはり興味がある。Numberではこれまでそうした人をフォーカスして、人間性や思考みたいなところに切り込んできました。同じようにつくったところ、違和感なく受け入れてもらえたようです」

「違和感ない」というよりむしろ「待ってました」かもしれない。予約は殺到し、Amazonでもまたたく間に雑誌部門の1位に。発売されると12万部が数日でなくなり、最終的に23万部と記録的な発行部数をマークしたのだ。同誌が23万部以上を発行したのは、サッカーW杯ドイツ大会後の660号「オシムの全貌」(2006年、25万部)以来、14年ぶり。急速なデジタル化が進み、雑誌全体の売上げが右肩下がりの昨今では異例の成功例だ。

「毎号巻末にプレゼント企画があり、応募はがきで感想をいただくんですが、今回はすごい量でした。『初めてNumberを買いました』というシニア層の方も多く見られました」と宇賀編集長。

 寺島氏が付け加える。「普段、はがきは少なめなのですが、将棋号では、老若男女、幅広い層からいただきましたね。小学生からも来ていて、メールアドレスを記入するところに『メールアドレスありません』って一生懸命に書いてあったりして。SNSでも反響は見ていますが、はがきでたくさんの感想をいただけたのもうれしかったですね」

 自身も子どもの頃から将棋好きという宇賀編集長は目を細めて言う。「他のスポーツと比べると、将棋に詳しい編集者はなかなかいないんですが、Numberがやるには、専門的でマニアックすぎてもいけないし、初心者すぎてもいけない。“ちゃんと知ってる人がおもしろい”というものを目指したいと。今号は将棋を知っていて、将棋愛のある寺島のような人材がいたから成り立たせることができました」

知られざる秘話にファン大喜び

 同号では、巻頭から藤井聡太二冠の特集ページがたっぷり楽しめるのはもちろん、トップ棋士たちのインタビューや対談が人間性あふれる美しい写真とともに彩られている。テレビやニュースでは知ることのできない棋士たちの実像が浮き彫りになっていて、知るほどにその奥深さに驚かされる。

 編集部として、特に印象に残った企画について尋ねると、寺島氏は「すべてに思い入れがあるので、選べません!」と即答。代わりに反響の大きかった企画を教えてくれた。まず挙げたのは、先崎学九段による特別エッセイ「22時の少年――羽生と藤井が交錯した夜」。SNSでは「震えた」「見方が変わった」「ドラマかミステリー」などと絶賛。先崎氏といえば自身の手記『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』(文藝春秋)がドラマ化したばかりだが、その洞察力と表現力に多くの読者が引き込まれたようだ。

 佐藤天彦九段と中村太地七段による対談「藤井はピカソか、モーツァルトか」も喜ばれた、と寺島氏。佐藤九段が、5歳で作曲をして14歳にしてミサの合唱曲を書き起こした天才作曲家モーツァルトの逸話になぞらえ、「藤井二冠の自然さ」について語れば、中村七段は、わからない人にもおもしろくて精通している人には奥深さがわかる天才画家ピカソになぞらえ、「藤井二冠が“自由”に見える魅力」を語っている。2人の語り口こそが、Numberの目指す“ちゃんと知ってる人がおもしろい”に重なる。

 今、多くの人が藤井二冠と羽生九段を重ねているが、約25年前に羽生氏が七冠を獲得して大フィーバーを巻き起こしたノンフィクション「羽生を止めろ。七冠ロード大逆転秘話」も大好評だったという。当時の挑戦者だった森下卓九段と森雞二九段による生々しいまでの心情と舞台裏が描かれている。羽虫が飛び交う中での勝利への執念を詳らかにする森下氏、ギャンブルが勝負勘を培う肥やしだったと語る森氏の回想は、鮮烈で映画の1シーンのように脳裏に蘇る。

 こうした世に知られざる敗れた側の物語が惹きつける。「渡辺明 敗北の夜を越えて。」は、藤井二冠が初タイトルを戴冠した夜、タイトルを失った渡辺氏に密着したインタビュー記事だ。敗戦について「どうしたってかなわないに近かった」と明かしながら、番勝負でわかったこともあると自信をのぞかせて「次は普通にやります」と語ったくだりには、寺島氏も「痺れましたね」とため息まじりに語る。

藤井聡太二冠と棋士の凄さ

 あらためて藤井聡太という棋士の凄さとは何なのかを尋ねた。すると寺島氏は言う。「“凄さ”という意味では、藤井二冠だけでなく、棋士は皆さん、本当に凄いんです。専門家ではないので、他の棋士の先生方と比べて、藤井二冠の何が、どう違うから凄いとは言えませんが、今、そんな凄い先生方が皆さん揃って『対 藤井聡太』となっていて、『彼とどう戦っていくか』を考えている。実際に、今回取材した時も、テーマが藤井聡太でなくとも、自然と彼の話になったんですね。おそらく全棋士の頭の片隅に、彼が存在している。これは稀有なことだと思います」

 宇賀編集長も語る。「そもそも14歳が29連勝していく時点でものすごいことですが、実力が拮抗する凄い棋士たちの中にいて、それだけ抜きん出るのは何なんだろうと考えた時、ぼくら素人は適切な言葉を持ち合わせていない。けれども、名だたるプロ棋士の方々先生方が『こんな負け方をすることはなかった』と明かすことで、対比によってわかっていく。『モーツァルトのよう』『ピカソのよう』と語っていただくことで、われわれも読者も知っていくことができる。そういうところも藤井さんの凄さだと思います」

将棋の魅力とスポーツ性

 同号をきっかけに、将棋はスポーツなのかという声も上がり、改めてスポーツとは何かが多方面で提起された。近年ではマインドスポーツという呼び名も定着しつつあり、チェスや囲碁、カードゲームなども国際大会が催されるようになっている。Numberで将棋を特集するにあたっては、スポーツとは何かを考えつつ、雑誌として柔軟なスタイルを保持したという。

「いろんな議論があるのは知っていますが、思うのはスポーツが身体性ということに拘るなら、頭脳も身体の一部。使うと非常に疲れるわけですよね。手や足をダイナミックに使わなくても、棋士の方は何時間もハードに頭を使って考える。それこそ、これにも超人的な身体の力が必要なので、広い意味ではフィジカルです。それに、スポーツかどうかで考える時には「勝負事」かどうかは大きな要素であると思うんです。ぼくはNumberでは、いろんなことをやりたい。おかしくなければ何でもいいかなと。あまりそういうところに囚われないでいきたいと考えています」

 宇賀編集長は続ける。「そもそも将棋はとても魅力あるジャンルです。人と勝負がおもしろい。文学性もすごく高いんですね。坂口安吾氏の『散る日本』など、棋士の人生や観戦記が長年にわたって活字にもなってきた。昔から将棋というのは、勝負事のおもしろさとそれを読むおもしろさを兼ね備えていて、それを多くの人が知っている。考えてみると珍しい競技かもしれません。だから、それを楽しむためには、お手伝いではないですが、こういうことを知っているともっとおもしろくなる記事を今後も出していけたらと考えています」

“第2弾”は?

 最後に、将棋号“第2弾”について尋ねた。これだけ反響があったのだから期待するファンは多いに違いない。予定を尋ねると、「次もいろいろと考えています。寺島のなかでも、まだいろんなプランがあるようで、出し尽くせていないので」と宇賀編集長。

 時期については、「具体的に決まっていそうで決まっていない。まあ決まっていないようで決まっているんですが(笑)。まだ公表できませんが、こういう続編は云々と長引くより、さっと出した方がいいのかなって考えているところです」と近い将来の発行をほのめかした。

 ファン待望のNumber将棋特集は、将棋が一過性のブームではないことを証明したのかもしれない。“出し尽くせていないこと”を出していただくためにも、将棋号の続編に期待が高まる。

取材・文=松山ようこ