知れば知るほどおもしろい“将棋の世界”! 初心者におすすめの将棋マンガ・小説作品5作

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公開日:2020/11/8

 今、とにかく将棋界がアツい。2016年、将棋界に彗星のごとく現れた藤井聡太棋士。彼の勢いは今なお止まらず、史上最年少で二冠、かつ八段昇段を果たした。

 将棋人気のムーブメントの中心は「藤井フィーバー」だけではない。日本人なら誰もが知る天才トップ棋士、羽生善治九段や、現役引退後も「ひふみん」の愛称でお茶の間の人気者、加藤一二三九段の存在も大きいだろう。何かと話題に事欠かない将棋界への興味が増すのは当然の流れである。

 しかし実際に将棋の奥深さ、楽しさが感じられるまで“理解しよう”とするのは、難しそうで億劫…という方も少なくないはずだ。ルールさえ覚えれば将棋の魅力はすべて分かる、というほど単純なものでもない。

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 そこで本稿では、初心者にもおすすめの将棋をテーマにしたマンガや小説などの作品をまとめた。これらの作品から、気軽に将棋の魅力に触れてみてほしい。

対局中の“めし”が勝敗を決める!? 将棋×グルメマンガ『将棋めし』

将棋めし
『将棋めし』(松本渚/KADOKAWA)

 世間の「藤井フィーバー」が加熱していた頃、彼が対局中に食べる“勝負めし”が話題になることがあった。人気者になると何を食べるのかまでネタになるのかと驚いたものだが、実際、長時間頭を使い続けるプロ将棋の世界では、休憩中の食事が勝敗を分かつこともあるのだとか。

『将棋めし』(松本渚/KADOKAWA)は、対局中の勝負めしこと“将棋めし”に焦点を当てたマンガ作品。将棋マンガであると同時に、グルメマンガでもある本作は、将棋初心者がとっつきやすい内容だ。2017年に内田理央主演でドラマ化もされている。

 主人公は、現実ではまだ誕生していない“女性プロ棋士”の峠なゆた六段。「めしで勝敗が決まると言っても過言ではない」と考える彼女のメニュー選びは、毎回真剣そのもの。勝負めしを通して、将棋の楽しみを別の視点から味わえる作品だ。

 しかも、本作で出てくる東京や大阪の飲食店は実在するものがほとんどで、読んだ後すぐに巡礼に繰り出すこともできる。巻末にはA級棋士の広瀬章人八段による棋譜解説がついてくるので、もちろん将棋に関する知識を深めたい人にもおすすめの1冊である。

17歳、プロ棋士の成長と恋を描く大人気将棋マンガ『3月のライオン』

3月のライオン
『3月のライオン』(羽海野チカ/白泉社)

 一般的に知名度の高い将棋マンガといったら『3月のライオン』(羽海野チカ/白泉社)は外せないだろう。2016年にテレビアニメ化、2017年には神木隆之介主演で実写映画化されている人気作だ。13巻が刊行された際は、「ひふみん」の愛称でお馴染の将棋界のレジェンド、加藤一二三九段を起用したプロモーション動画が公開された。

 主人公は15歳でプロ棋士になった桐山零。彼は幼い頃に交通事故で両親を亡くし、父の友人で棋士の幸田に引き取られて育つ。17歳になった零は高校生活にも対局にも行き詰まりを感じていたが、ふとしたきっかけで知り合ったあかり・ひなた・モモの3姉妹との交流から再び前に進み始める、というストーリーだ。

 本作は主人公の成長や恋愛マンガとしての側面も強く、たとえ将棋に興味がない人でも楽しめる作品である。もちろん対局の描写も本格的で、所々に監修者の先崎学九段による将棋解説が入っているのもうれしい。将棋に興味がある初心者の方が超初級の入門書として手に取ってみるのもいいだろう。

人気プロ棋士のうつ病闘病エッセイ『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』

うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間
『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』(先崎学/文藝春秋)

 史上最年少でプロ入りを果たしてから快進撃が止まらない藤井聡太棋士の登場で将棋界が盛り上がる中、2017年、公式の場から突如姿を消した棋士がいた。『3月のライオン』の監修者で、羽生世代のひとりとして長年棋界に貢献してきた人気プロ棋士、先崎学九段だ。

 彼が突然休場届を出した理由。それが、うつ病だった。『うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間』(文藝春秋)は、先崎学九段本人がうつ病発症から回復期に至るまでを綴ったエッセイ本である。

 うつ病というと、物事に関心がなくなり、無気力になる、といった印象を抱いている方も多いはず。まさにそのイメージ通りで、うつ病になると思考力や集中力は極端に低下する。頭脳戦である将棋に取り組むことは、当然困難だ。

 本作には、うつ病を患ったことで簡単な詰将棋を解くのがやっと、という状態からプロ棋士としての復帰の兆しが見えるまでの様子が克明に描かれる。本作を読むと、まず先崎学九段の将棋にかける執念が印象的だ。自分の人生そのものともいえる将棋を取り戻す。その一念で、凄まじいリハビリ(将棋漬けの日々)に挑む姿に、改めて将棋への興味が高まるはずだ。

 そしてまた、最近ではうつ病は誰もがかかりうる現代病だ。まさに今、うつ病に悩んでいる人は、再び将棋のある生活を取り戻していく先崎学九段の姿にとても勇気づけられるだろう。

天才羽生に並んだ棋士の一生、感動のノンフィクション作品『聖の青春』

聖の青春
『聖の青春』(大崎善生/角川文庫、講談社文庫)

 日本人なら誰もが知っている天才トップ棋士、羽生善治九段。史上初の永世七冠を達成した人物である。…と言っても、将棋に詳しくない人にとっては、イマイチそのすごさが伝わってこないかもしれない。

 そのすごさをひと言で説明するなら、“化け物”級。永世七冠とは、ひとつのタイトルを獲得するだけでも難しいプロ将棋の世界で、7つの主要タイトルを全て獲得したこと。かつ、それぞれのタイトルで定められた回数、首位を獲得していることを指す。要するに、何度も王座についているのだ。

 そんな天才羽生に並んで、かつて“怪童”と呼ばれた棋士がいた。重い腎臓病を抱えつつ将棋界に入門し、名人への夢半ばに29歳の若さでこの世を去った村山聖棋士だ。そして、彼の一生を描いたノンフィクション作品が『聖の青春』(大崎善生/角川文庫、講談社文庫)である。

 5歳にして難病を患った村山聖は入院中に父から将棋を教わり、そのおもしろさにハマり込んでいく。中学生の頃からプロを目指し、25歳で将棋界の最高峰A級に昇進。世間では「東に天才羽生がいれば、西に怪童村山がいる」と注目を集めるも、夢まであともう一歩…というところで病に倒れてしまう。

 2016年に松山ケンイチ主演で映画化もされた本作は、将棋に命を燃やした村山聖の姿に心打たれる作品である。と、同時に医師から「このまま将棋を指し続けると死ぬ」と忠告されても村山聖が手放せない夢であった将棋界の魅力、奥深さを教えてくれる1冊だ。

将棋界×壮絶な人間ドラマ、極上のミステリー小説『盤上の向日葵』

盤上の向日葵
『盤上の向日葵』(柚月裕子/中央公論新社)

 最後に、将棋界とヒューマンミステリーが掛け合わされたエンタメ色の強い小説作品を紹介したい。『盤上の向日葵』(柚月裕子/中央公論新社)だ。本作は2018年に「本屋大賞」の第2位を受賞して以降、今なお小説好きの間で根強い人気のある作品である。

 物語は、埼玉県天木山山中で白骨死体が発見されたことに始まる。この遺体と共に埋められていたのが、7組しか現存しないと言われる名匠・初代「菊水月」が手掛けた将棋の駒。これを手がかりに、叩き上げの刑事・石破と、かつてプロ棋士を志していた新米刑事・佐野が捜査を開始する。

 一方で、最高峰のタイトル戦「竜昇戦」に沸く将棋界では、珍しいキャリアでプロになった東大卒のエリート棋士、上条桂介が注目を浴びている。本作は上条桂介の不幸な生い立ちと、彼を取り巻く人間ドラマ、上の事件が絡み合い、菊水月作の駒の存在を通じてひとつの大きな流れとなる――。

 愛と憎しみが混じり合う壮絶な人間ドラマと、勝負の世界である将棋界の厳しさに引き込まれる作品だ。飯島栄治七段の監修を受けたという対局の模様も、臨場感たっぷりで「将棋」に興味がある読者を大いに満足させてくれるだろう。

 本稿では、初心者でも楽しめる将棋作品を取り上げた。将棋の世界は奥が深く、知れば知るほどおもしろさは加速する。まずは1冊、気になる作品を手に取ってみてはどうだろうか。