逃げてもいい。でも、目は逸らさない――力がまったく向上しない「能力抑圧」と戦う少年の物語

文芸・カルチャー

公開日:2020/11/16

龍鎖のオリ-心の中の“こころ”-
『龍鎖のオリ-心の中の“こころ”-』(cadet:著、sime:イラスト/一迅社)

 目標に向かって努力をしても、思うように成果が出ない。これ自体はよくあること。でももし“結果が出ない体質”だったら、諦めずに努力し続けることができるだろうか――。『龍鎖のオリ-心の中の“こころ”-』(cadet:著、sime:イラスト/一迅社)は、そんなアビリティ「能力抑圧」によって力の向上が抑えられてしまう少年の物語。

 本作品の主人公は、実力至上主義の学園・ソルミナティ学園に通う少年ノゾム・バウンティス。ノゾムは、幼い頃から大好きだった少女リサ・ハウンズの力になるため、リサ、そして親友であったケン・ノーティスとともに実力主義の学園「ソルミナティ学園」へと入学するのだが、優秀でぐんぐんと上位に上がっていく2人とは裏腹に、ノゾムは最下級ランクである10階級の中にいた。そのうえ力がまったく向上しないアビリティ「能力抑圧」まで発動し、ついにはその中でも最底辺へと落ちてしまう。おまけに、恋人となっていたリサからある日突然別れを告げられ、その理由はまったく身に覚えのない“ノゾムの浮気”であると噂されてしまう始末。

 最底辺として10階級の中でもいじめのターゲットになり、一部の先生を除いて誰一人味方のいない状況に陥ってしまったノゾム。ノゾムはそんな現実から逃げるように、森の中で出会い師匠となったシノ・ミカグラとともに、血のにじむような訓練を続けていた。それでも力はアビリティに抑え込まれていっこうに向上しなかったが、あることがきっかけで、ノゾムはそのアビリティを破る方法を見つけたのだった――。

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 幼なじみたちが最上位といわれる1級へと上がっていく中、どれだけ努力を重ねても上に行くことのできないノゾム。元々リサの力になりたいと願って入学した彼にとって、その事実だけでもどれほど辛い現実だっただろう。その中で、ノゾムも一度は現実から目を背けてしまった。しかし、1級の実力を持つ名門貴族でありながらノゾムを人間として扱ってくれる少女アイリスディーナ・フランシルトやその妹ソミリアーナとの出会い、そして師匠の「逃げてもええ。立ち止まってもええ。でも『逃げた事実と立ち止まっている現実』からは目を逸らさないでおくれ」という言葉が、ノゾムの止まった時を動かし始める。

 現実から逃げるな、ではなく、逃げてもいいから目を逸らさないで、という言葉の奥に、かつて信頼していた姉にすべてを奪われたという師匠の深みを感じる。筆者もついつい「逃げるのは悪いこと」だと思ってしまいがちだが、実際のところ、何からも逃げずにすべてに立ち向かえる強い人間なんてそうそういない。大事なのは、弱い部分も含めて、ありのままの自分を認めることなのだ。そして、これができる人間は強い。ノゾムの成長していく姿を見て、改めてそれを実感した。

 何か自分の力ではどうにもならないことに直面したとき、自分の弱さから目を逸らしたくなったとき、この『龍鎖のオリ-心の中の“こころ”-』がきっと大切なことを思い出させてくれるだろう。あなたは、自分の弱さや逃げている現実を、見ることができていますか?

文=月乃雫