たかしの背中/オズワルド伊藤の『一旦書かせて頂きます』⑤

小説・エッセイ

更新日:2021/2/26

オズワルド
オズワルド 畠中悠(はたなかゆう/左)伊藤俊介(いとうしゅんすけ/右)

 どの職業においてもそうであると思うのだが、先輩の背中というものは例外なく大きい。

 1年365日。1年違うだけで365日の差がついている。知識も経験も365日分の差がついているのである。

 ましてや我々の職業はお笑い芸人。こんなにも素敵で気が狂った世界に、365日も長く生きている方々なんて、正気の沙汰ではないしこれだけで尊敬に値する。

 だって365日あったらなに出来る? なんでも出来るよ? もうなんかすごい色々出来るよね? 例えこそ浮かばないけどきっとなんだかとんでもないこと出来ちゃうよ。あっ、ちょっと出そう。うん、多分なんか軽自動車くらいならニュートラル入れて新宿から池袋くらいまで押したりとか出来そう。うん、例えこそ浮かばないけどすごいんだから365日って。

 とにもかくにも、先輩という生き物は、面白かろうがつまらなかろうが、かっこよかろうがしょうもなかろうが、それだけで影響を与えてくれる存在なのである。

 更に言うならば、芸人にはなめられてなんぼなんて方もいる。

 一般の会社で働いた経験がないので一概には言えやしないが、一般社会と大きく異なる部分は、なめられてなめられてなめられても尚、尊敬を集める存在が芸人の中には確実に存在しているのだ。

 ではなぜ、どんなになめられていても尊敬を集めることが出来るのか。

 僕の個人的な見解にはなるが、このなめられているという状況自体も、自身の魅力を引き出す方法の1つであるからではないかと考えられる。

 僕の周りにもそういった先輩は何人かいらっしゃるが、その中でも一際輝いてなめられているのが、トレンディエンジェルのたかしさんである。

 例で言うならば、たかしさんと普段話す時、芸歴のみでいうと7年先輩になるのだが、僕はなかなかの割合でタメ口が出てしまう。それは違うよ、とか普通に言ってしまう。

 それでもたかしさんに、それについて注意されたり、怒られたりした記憶は皆無である。なんなら2人で飲んでいる時に寝たこともあるのにだ。

 または、先輩としての威厳であるとか、そんなものを出されたことも1度もない。

 それでもたかしさんの周りには人が集まるし、たかしさんで笑わせて頂いたことも数え切れない。

 要するに、一般社会とはなめられているの意味がそのままイコールにはならないのだ。

 なにが凄いって、たかしさんは信じられないくらい後輩と飲みに行くし、なによりもM-1チャンピオンになった男である。にもかかわらずなめられている。これがどれだけ凄いことで、どれだけ難しいことであるか。

 もちろん人柄もあるが、相当な懐の深さと、恐ろしく自己分析に長けていないと出来ない業であるように思う。

 そんなたかしさんが、1度だけ、たった1度だけ本気で怒った姿を見たことがある。

 1年程前であったと思うが、その日はたかしさんと何人かで飲んでいて、時刻は朝5時を回っていた。

 普通なら解散してもいいような時間ではあるが、なにを隠そう、たかしさんは僕が見てきた人間の中で1番酒が強い。なんとも訳の分からないギャップではあるが、キャバクラで10年働いていた僕ですら、あんなアルコール分解能力は見たことがない。

 そんなたかしさんであるから、もう1軒だけ知り合いに誘われているからと、僕ともう1人マチルダのグチヤマさんという方を引き連れて隣の駅のバーへと向かった。

 どうやら知り合いの方は女友達らしかったが、たかしさん自身も何年も会っていないらしい。
 朝5時に顔も覚えていない人間からの連絡に対応する辺り、なめられて当然かもしれないと思ったのを覚えている。

 バーに到着すると、会員制のお店らしく、知り合いの方のいる奥のテーブルへと通された。

 すると、そこで待っていたのはたかしさんの知り合いの女性を含む複数人の女性と、バブルさながらに真ん中に座っていた1人の男性だった。

 あれ? 見たことあるな。いや、えっ!? 〇〇の〇〇さんだ!

 男性の正体は、僕が中学生の頃に大好きだったバンドのボーカルの方だった。

 一気に青春時代に連れ戻されるような感覚に陥る程テンションが上がった。東京すげえとベタに思った。

 しかし、本当に芸能人なんて会わねえ方が好きでいられる人も少なくないというか、悲しくなるくらいにその方の僕らへの対応はひどいもので、たかしさんを除く僕とグチヤマさんは、売れてない芸人のフォーマットみたいな罵声を浴びせられ続けたのである。

 当然たかしさんの顔もある手前、顔の筋肉固まるくらいヘコヘコしていたところ、たかしさんがゆっくりと口を開いた。

ちょっと飲み比べしましょうよ

 その方も連れの女性がいるし、いかにもしょうもないメンツを守りたがる方だったので即開戦。

 言うまでも無くたかし圧勝。その方は完全に夕方まで起きられないであろう潰れ方をしていた。

 そして、普通なら国籍変わるレベルの量のテキーラを飲み干したたかしさんは、グラスをテーブルに置き、僕らの肩を抱いて一言だけ言った。

くそつまんねえから帰るぞ

 本当にハゲてないと思うくらいかっこよかった。
 心はロン毛。この人は心はロン毛だと思った。

 先輩というものは、なめられていようがなんだろうが、目の前さえ歩いていてくれたら、後輩に様々な姿を魅してくれるもんだなと、やっぱりハゲてる頭を見ながら感じた朝7時であった。

 一旦辞めさせて頂きます。

オズワルド 伊藤俊介(いとうしゅんすけ)
1989年生まれ。千葉県出身。2014年11月、畠中悠とオズワルドを結成。M-1グランプリ2019、2020、2021ファイナリスト。