上司の息子の転落死を隠蔽しようとする会社…組織の論理に抗う中間管理職の葛藤と覚悟に一気読み必至!
公開日:2020/12/4
小説家デビュー作にして代表作となった「機龍警察」シリーズを筆頭に“読み始めたら止まらない”エンターテインメント作品を次々と世に送り出してきた月村了衛氏。書いてきた作品は、冒険小説、警察小説、時代小説、ノワール、ミステリーなど幅広いジャンルに及び、その世界観や時代設定もさまざまだが、どのような内容であっても手に取るとき「この人の作品なら間違いないだろう」と思わせてくれる信頼度の高い作家のひとりだ。その最新長編『白日』(KADOKAWA)もそんな期待を裏切らない、まさに“ページターナー”といえる一作になっている。
本作の舞台は現代の日本。主人公は出版社に勤めるサラリーマンだ。元傭兵だったり、元公安のスパイだったりするような秘めた過去はなく、ごく普通の真面目な社会人である。
千日出版・教育事業推進部第一課の課長、秋吉孝輔は新規事業「黄道学園プロジェクト」の現場を指揮していた。その目指すところは、大手予備校、IT企業と提携し、引きこもり・不登校対策を前面に打ち出した通信制高校の設立だ。かつて娘の春菜が不登校となり、辛い思いをしたことのある秋吉は、そんな理想的な学校の開校に向け、全力で仕事に挑んでいた。
ところが、プロジェクトの統括責任者である梶原局長の中学3年の息子・幹夫が、不審な転落死を遂げるという事件が発生。幹夫は引きこもりの末に自殺したという噂が社内に流れ、プロジェクトは一時中断を余儀なくされる。春菜が不登校で苦しんでいるとき、優しく救いの手を差し伸べてくれた幹夫の明朗な性格を知っている秋吉は、彼の自殺が信じられなかった。さらに、幹夫の死から出社しないままになっている梶原に文科省との癒着、不正疑惑までが浮上。秋吉は直近の部下とともに密かに幹夫の自殺、梶原の疑惑について調べ始めるが、上層部は会社を揺るがしかねないスキャンダルを恐れて、問題の隠蔽を図る――。
千日出版には社長派と専務派による深刻な派閥の対立があり、梶原は社長派で黄道学園プロジェクトも当初から社長マターの事業だった。そのためにプロジェクトの中止は社内抗争においても重要な意味を持ち始め、どちらの派閥にも属さない中間管理職の秋吉の立場は苦しいものになっていく。会社の上層部は信用できず、“ゲシュタポ”とあだ名される人事課長が自分の行動を監視するかのように動き、牽制してくる。疑惑が宙に浮いたままで部下たちの間にも動揺が広がり、突き上げをくらう。物語を牽引するのは、こうした組織における人間関係の機微と腹の探り合い、理不尽な圧力の生々しいリアリティと緊迫感だ。
組織の一員として生き延びるために、犠牲にしなくてはならないものとは何か。それは本当に犠牲にしてしまっていいものなのか。次第に追い詰められていく秋吉は葛藤する。そして、幹夫の死の真相が明らかになったとき、秋吉は自分の胸の奥底にあるものに気づき、決断を下す。
秋吉は他人と比べて際立って特別な能力があるわけではない。家族を大切にしながら日々の仕事に励む、中間管理職のサラリーマンだ。そんな普通の人間だからこそ、秋吉の葛藤と決断の切実さ、勇気が胸に迫る。自分が大切にしてきた理想や志、あるいは良心と組織の論理が対立するような場面は現実にも数多くあるだろう。本作は企業小説、そして家族小説として、そんな対立を息もつかせぬスリリングな展開で見事に描き切っている。
文=橋富政彦