瑛人「『香水』を聴いた母親に『あんたこんなこと考えてるの?』って聞かれたときは…」【BOTY2020今年の顔インタビュー】
公開日:2020/12/13
瑛人さんのインタビューも掲載! ブックランキング特集「BOOK OF THE YEAR2020」の結果はこちら!
ネット上で“カバー合戦”が繰り広げられた『香水』。その生みの親こそ瑛人という23歳のアーティストだ。紅白出場を控えた当の本人は、取材をしてみると実に自然体。激動の一年を振り返ってもらった。
カバーしてもらえるのが嬉しくて自分のアレンジを忘れるほど聴いた
自主制作したデビューシングル『香水』が脚光を浴び、今年5月にはBillboard JAPAN HOT100で総合首位を獲得した瑛人さん。自粛中にTikTokでカバー動画が投稿されはじめ、大流行を巻き起こした。そんな2020年、振りかえってみて率直にどんな思いだろうか?
「いやあ……振りかえるにはあと何年か時間がかかりそうです(笑)。もうほんと、人生激変。アルバイトは辞めたわけじゃないし、一緒に音楽やってきた仲間も同じですけど、メンバーが増えて、出会う人が増えて、聴いてくれる人が増えて……。動画の再生回数があがっていくのを見るたび『あれ? あれ? あれれれ?』と驚いていたのが、今もずっと続いている。あんまり無防備に身をゆだねていると自分の居場所がわからなくなっちゃいそうだから、調子に乗らないように気をつけてはいます。どこにいても、どんな評価をされても、僕自身が変わるわけじゃない。自分は自分のままなんだから、って」
と、インタビュー中にも気負う様子は見せず、常に自然体の瑛人さん。「とにかく今はすっごく楽しいんですよ」とはにかんで笑う。
「コロナのせいで実感が湧きづらい、っていうのもあるかもしれません。大々的にライブもできないし、人前に立つ機会がまだあんまりない。だからこそ、8月に大阪城ホールのフェスに呼ばれたときは感動しました。これまで最大でも50人の前でしか歌ったことがなくて、それもほとんどが身内っていう状態だったのに、真っ暗闇のなかで『香水』を歌ったあとライトがついたら、4000人くらいのお客さんが目の前にいて。思わずのけぞっちゃいました。皆さん、叫んだりできないかわりにあたたかい拍手で迎えてくれて。ああ、もっとやりたいなあ、早くみんなの前で歌いたいなあって今はうずうずしています。音楽のもつ力ってやっぱり、すごいですよね。どんな状況でも、歌えば楽しい。聴けば心も弾む。だから僕、たくさんの人が『香水』をカバーしてくれているのが本当にうれしくて。動画を見すぎて、自分の歌い方がわかんなくなっちゃうくらい。ときどき『あっ、ちがう。これ、TEEさんのアレンジだ! まあいっか!』ってなったりします(笑)」
こう歌ってほしい、歌わなきゃ、というこだわりは特にない?
「ないですね。新しく出すアルバムで僕もAIさんの『ハピネス』をカバーしたんですけど、AIさんが伝えようとしていることをAIさんと同じように歌ったら意味がないじゃないですか。何度も聴いた曲でも僕のバイブレーションに乗せることで違う気づきが生まれたらいいなと思うし、僕自身、AIさんの歌詞を自分の中にとりこむことで、ただ聴いていたときとは違う発見がありました。笑顔で人と人とを繋いでいくというのは、僕が思っていたよりも壮大で美しいことだったんだな、とか。それは、『香水』が広がったことで、家族や友達という身近な輪を超えて、僕が繋ぎたいと思える人が増えたから実感できたことかもしれない。AIさんの見ている景色を少し共有できた気がして、歌いながら震えました」
『香水』の歌詞は、シンプルな言葉で構成されているものの、浮かびあがってくる情景は実は曖昧だ。昔の恋人について〈別に君をまた好きになることなんてありえない〉と否定しながら〈また好きになるくらい素敵な人だ〉と言い、〈別に求めてない〉と言いながら、付き合ってもきっとまたフラれるだろう未来は想像している。そのどっちつかずの感情に、人は自身の思い出や大切な情景を委ねたくなるのかもしれない。
「確かに、これどういう意味?って聞かれることは多いんですよ。でも僕はわかりにくくていいと思っていて。歌詞にこめた想いが伝わればそりゃあ嬉しいけれど、わからなかったとしても、その人が解釈したことが正解なんだと思うから。それに、昔から本当のことを濁して話すクセがあって、ストレートな表現が苦手なんですよね。できないというより、なんだか怖い気がしちゃうんです」
ダイレクトな言葉で気持ちを伝えすぎるのは怖い
それは独りよがりになりたくないからだ、と瑛人さんは言う。想いを人に押しつけるようなことはしたくない。とくに歌は、どんな瞬間にどんな人の耳に届くかわからないから。
「今回のアルバムに収録した『チェスト』は、わりとストレートに表現されていますけど、言いすぎないようには気をつけました。もちろんダイレクトな表現だからこそ伝わる、ってこともあるとは思うんですよ。でも全員が悲しみを共有したいとは限らないし、今は明るいものだけに触れていたいと思っているかもしれない。歌は、望んでなくてもふとした瞬間に流れているのを聴いてしまうものだし、せっかくライブで盛りあがっていたのにその1曲を耳にしてしまったとたん気分が沈んでしまうこともあるでしょう。全部に配慮することはできないけれど、少なくとも僕は曖昧なままにしておきたいんですよね。悲しみだけじゃなくて、幸せもそういうものじゃないかなって思うから。頑張ってつかみとる何かより、僕は、ついダラダラしてしまう心地よい瞬間のほうが好き。そのうち終わらせなきゃいけないのはわかってるけど、あとちょっとだけ……っていう。まあ、僕がだらしないだけかもしれないけど(笑)、そういうのが歌になったらいいなって思うんです。そのうえで『あっ、もしかしたらこれって……』と自分に重ねたり『どういう意味だろう?』と考えて何度も聴いたりできる曲になってくれたらいいなあと」
ちなみにニューアルバム『すっからかん』で、いちばん「どういう意味だろう?」と思わされるのは『リットン』という曲だ。不思議に耳に残るその言葉は、瑛人さんによる造語。
「ばあちゃんの足音をイメージした妄想の音です(笑)。寝ている横で、リットン、リットン、リットン……って口ずさんだのを元にして。『これ、ばあばの曲だよ』って言ってもいまいちピンときていないみたいですけど、いい曲だねって言ってくれました。僕にギターを教えてくれたじいちゃんは、実家に帰ると、YouTubeで『DRIP TOKYO』と『ライナウ』を流して延々と聴いています。でも僕には特に何も言ってこない。それくらいの距離感がいいですよね。『香水』を聴いた母親に『あんたこんなこと考えてるの?』って聞かれたときは恥ずかしかったですもん(笑)。確かに僕の体験がベースにはなってるから、いろいろ駄々漏れにはなっているんだけど……。ただ、今後曲をつくり続けていくなら自分の中にはないことも書けるようになっていかなきゃいけないなと思っています。AIさんの歌詞を通じて、知っているようで知らなかった感情を教えてもらったみたいに、これまで自分に関係ないと思っていたことも自分の中に染みこませて、もっと広い景色を見られるようになっていきたいなって」
アルバムタイトルを『すっからかん』にしたのは、曲のストックがゼロになるからだという。突如注目を浴びた幸運の人ではなく、プロとして改めてゼロからスタートするのだという決意がそこにはこめられている。
「決意ってほど大したものじゃないですけどね(笑)。でも、僕は僕のままと言っても環境とともに考え方は変わっていくし、どんどん欲張りにもなっていく。アーティスト仲間を増やして、いつか氣志團万博みたいなフェスを開きたいなんて野望を抱いたりもしています。そのためにはギターの腕は磨かないといけないし、もっと『あれ?』と思ってもらえる歌詞もつくっていかなきゃいけない。すっからかんの場所からどこまで行くことができるのか、僕自身が今はいちばん楽しみにしています」
えいと●1997年、神奈川県横浜市生まれ。9月時点で『香水』のミュージックビデオ再生回数は1億回を突破。洋楽よりは邦楽が好きで、いつかカバーしてみたいのは森山直太朗氏の曲。映画鑑賞も好きで、最近は『アバウト・タイム』を2・3度繰り返し観たという。
アルバム『すっからかん』
2021年1月1日リリース
CD 2700円(税別) +DVD 4200円(税別) +Blu-ray 4500円(税別)
初のオリジナルアルバムに収録されるのは、数々の音楽チャートで1位を獲得した『香水』をはじめ、明治エッセルスーパーカップのタイアップソング『ライナウ』、コカ・コーラCMソング『ハピネス』(AIの楽曲カバー)など全13曲。DVD/Blu-rayには、ミュージックビデオのほか、アルバムのためだけに撮りおろしたスタジオライブ映像も。
取材・文:立花もも 写真:川原崎宣喜
ヘアメイク:森本 英梨(fiorista)