加藤シゲアキの最新長編小説が登場! マッチングアプリに夢中になる高校生たちは、そこでなにを見つけるのか

文芸・カルチャー

更新日:2020/12/14

オルタネート
『オルタネート』(加藤シゲアキ/新潮社)

「青春」とは、自分の輪郭を描くためにもがく期間だと思う。輪郭を描く筆は過去に与えられた愛や失望、加える絵の具は出会いや環境の変化だ。そして白いキャンバスはありあまる時間。まだ若い青春時代には筆運びに自信がないし絵の具も少ないから、青春時代を生きる人たちが戸惑うのも必然だ。

 その戸惑いを埋めるために使うツールは、時代によって変わる。私の青春時代は、プリクラがそれだった。誰と写るかが交友関係をあらわし、顔の偏差値が女の価値を定める。プリクラ帳が豊かであることは、ステータスだった。

 今その役割を担っているのはSNSなのだろう。手元のスマホには興味のある情報、コミュニケーション、自分のすべてが集約されている。私が「青春」と聞いてプリクラを思い出すように、今を生きる彼らは、いつか画面越しのつながりや出会いを懐かしく思うのかもしれない。

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 加藤シゲアキさんの『オルタネート』(新潮社)は、SNSを介した現代の青春をあざやかに浮かび上がらせる。タイトルは作品内で描かれる高校生限定のマッチングアプリの名だ。「交互に繰り返す」「(電波が)交流する」「代わりもの」といった意味を持つ言葉を冠したこのアプリは、登場人物たちの交流や想いの交錯を代替する。

 オルタネートの用途は、マッチングアプリという響きから連想するものとは少々異なる。恋愛対象を探すだけでなく、仲間との絆を深める、同年代のトレンドを知る、旧友の居場所を探すなど、あらゆる目的に対応する。オルタネートを介して高校生たちは人と関わり、成長していく。それは一方で、オルタネートを利用しない、あるいは利用できない高校生を輪の外に追いやる。

 都内の高校の調理部部長として背筋を伸ばす高校3年生の蓉(いるる)は、あることがきっかけでオルタネートに登録していない。そんな蓉を「冒険しない」と評する声は、過去と重なって容の胸に影を落とす。一方、同校1年生の凪津(なづ)は、入学直後からオルタネートを活用し、AIに自身のパーソナリティを精密に分析させようと必死だ。彼女が望むのは、オルタネートによって合理的に導き出される「運命の相手」との出会いである。そして大阪の高校を中退した尚志(なおし)は、オルタネートに登録する条件を満たしていない。オルタネートに夢中になる高校生の輪から放り出され、社会が求める正道からも外れた尚志は、ある目的を胸にひとり上京するのだった。

 彼らはそれぞれの想いを抱き、異なる青春を歩む。そこには友人、恋人、親、教師、同居人といったさまざまな間柄の登場人物たちが交わり、言葉や行動を介して彼らの揺れ動く輪郭に色を加えていく。

 オルタネートは、高校生たちが互いの相性や心情を読み解くためのプロセスを代替し、効率化するアプリだ。それが当たり前になった世界は、たとえるならば、無表情の自画像に、はみ出さないよう塗り絵をしているようなものなのかもしれない。その確かさにすがるきもちと、思いっきり筆をすべらせて自由に描きたいきもち。そのはざまにある葛藤は、まさに青春そのものだろう。

 主軸の三人のほかにも登場する数々の人物たちは、やがて学園祭という華やかな舞台へと収束していく。スマホ片手に戸惑いながら語られる小さなストーリーが、集まって大きな渦となり、電流が走るようなラストへと導かれていく後半は圧巻だ。

 どんなにいびつでも、青春時代にみつけた自分自身は最高にうつくしい。そう思わせてくれる彼らの全力疾走は、この物語を手に取った大人たちの曲がった背筋も、ぽんと叩いて正してくれる。いつのまにか忘れかけた自分の輪郭は、きっと今からだって描きなおせるだろう。

文=宿木雪樹