発達障害でも就職して働いてます! 問題児だったわが子はなぜ希望の仕事に就けたのか? マンガ家ママが描くシリーズ最新作!
公開日:2020/12/19
喜怒哀楽の起伏が激しい。忘れ物が多く、持ち物をなくしがち。そんな特徴を持つ人はどこでも見かけることができる。「きっと大変な人生なんだろう」と想像しながら、ときどき助けに入りつつ、やはり遠目で見ることになる。
しかし想像してほしい。もしそんな特徴を持つのが、他でもない、わが子だったとしたら? 親は途方もない不安に襲われるだろう。きちんと学校生活を送れるのか。友達はできるのか。卒業は? 進学は?
そしてライフイベントで避けて通れないのが…就職活動だ。残念ながら多くの人間には働く義務があり、たいていの場合、1度はチャレンジしなくてはならない。
本稿で紹介する発達障害の男の子・リュウ太くんには、これらの困った特徴がすべて当てはまる。酷な表現をすれば、リュウ太くんは親や教育者の手を煩わす「問題児」だった。
『発達障害で問題児 でも働けるのは理由がある!』(かなしろにゃんこ。:著、石井京子:監修・解説/講談社)は、そんな「問題児」でも社会人として自立できることを教えてくれるコミックエッセイだ。リュウ太くんが正社員になるまでの紆余曲折を、母親の「かなしろにゃんこ。」さんがマンガ化した作品である。
リュウ太くんにはADHDと軽いASD(自閉スペクトラム症)があるため、感情のコントロールやコミュニケーションがちょっぴり苦手。さらに感覚鈍麻や聴覚過敏など、体質の問題も抱える。
そんな彼が、仕事や日常生活といった各場面でどんな困難に直面し、どう折り合いをつけてきたのか。本作の印象的なエピソードをいくつかご紹介したい。
アルバイトで知った、自分が社会の一員であること
リュウ太くんが初めて経験した仕事は、母親に頼まれたお手伝いだった。まだ幼かった彼は、お使い先で買い忘れをしたり、ミスを指摘されても「買い物リストがわかりにくい!」と開き直ったり、失敗を重ねていた。
その後、16歳になったリュウ太くんは、母親のかなしろさんの上手な誘導もあって、駅前のラーメン屋で働くことになる。店主は、かなしろさんの知人。あらかじめ「発達障害がある」ことを告知した上でのアルバイトデビューだった。
人より困難を多く抱えるリュウ太くんは、現場に入ってさっそく厳しい現実に直面する。
経験者ならわかるだろうが、飲食店での接客業務は想像以上にマルチタスクだ。リュウ太くんは、厨房から出てきたラーメンがどのお客さんのものか迷い、たったいま注文されたラーメンの種類を忘れ、パニックになってしまう。「ワーキングメモリが弱い」「複数の作業の同時進行(マルチタスク)が苦手」という特性が、リュウ太くんの足を引っ張っていた。
けれども優しい先輩に助けられ、同時に「忘れたらお客さんに謝って聞き直す」「パニックになったら水を一気飲みして落ち着く」という方法を、自ら考え出して切り抜けた。
ミスや文句ばかりの子ども時代と比べて、課題解決の方法を自分で考えられるようになったのは大きな成長だ。初めてのアルバイト経験を通じて、リュウ太くんは「自分も社会の一員である」ことに気づいていく。
発達障害の人に必要な視点「健康管理」
専修学校(専門学校みたいなもの)に進学したリュウ太くんは、その後もスーパーマーケットや自動車整備の現場でアルバイトを重ねていた。しかしここで「自分の体質」という新たな課題に直面してしまう。
職場は、学校とは異なる空間だ。勝手に休めないし、責任をもって業務にあたるよう求められる。そのために必要なのは、常に最低限のパフォーマンスを維持する体力。たいていの人はそれを自然にやっているのだが、リュウ太くんは上手にできなかった。そしてそのアドバイスを誰からも得られなかった彼は、悪循環の生活スタイルにはまっていく。
想像以上に負荷のかかる仕事を通じて初めて、リュウ太くんは自分の身体と真剣に向き合う必要性に気づかされた。本書によれば、「発達障害の人の多くは、疲れを溜め込みやすく、疲労に気づきにくい」という。こうしたエピソードも就職を控えた当事者にはいい教訓になりそうだ。
本書ではこれ以外に、アルバイトと学業の両立や、就職活動を通じてリュウ太くんが感じたこと、そして「障害者手帳」を取得するかどうかを検討する一幕など、発達障害と仕事をテーマにしたエピソードが描かれる。
そして最後にもうひとつ取り上げたいのが、キャリアアドバイザー・石井京子さんが各章に寄稿した「プロの視点」だ。
エピソードだけじゃない。プロのアドバイスも満載
日本雇用環境整備機構の理事長でもある石井さんは、これまで700名を超える発達障害の人の就職相談にのってきた。本書ではそれらの見識を、さまざまなケースを織り交ぜて解説している。
たとえばリュウ太くんは、いきなりアルバイトから就労経験をスタートさせたが、石井さんはそれだけが選択肢ではないと指摘する。たとえば近所で開かれるダンス教室や料理教室、自治体主催のお祭りの手伝いなど、大勢の人と協働できる場所を探すことも選択肢のひとつだという。
さらにボランティアに参加させることも効果的だそうだ。参加することでさまざまな人と触れ合えるだけでなく、たいていボランティアに参加する人たちは面倒見のいいタイプが多いので、子どもがつらい思いをすることなく社会経験を積める可能性が高い。
選択肢といえば、発達障害がある人には一般的な就職活動のほか、「障害者雇用」の道もあるという。なかなか耳慣れないかもしれないが、「発達障害者支援センター」「地域障害者職業センター」「就労移行支援事業所」などの支援機関もあり、もし気になるようであれば本書を参考に相談してみるといいかもしれない。
あくまでリュウ太くんのエピソードはマンガで描かれた成功例。本書はそれに補強する形で、石井さんの解説を添えて「別の選択肢もあります」と提示している。もし読者に発達障害のある子どもがいるならば、リュウ太くんの成功エピソードに引っ張られすぎることなく、本書を参考にわが子に合った選択肢を、子どもと一緒に探してほしい。
本書の最後で、リュウ太くんはこう言う。
「仕事って、自分を表現できる場かもしれない」
発達障害のある人にとって、仕事とは困難のつきまとうつらい時間だ。問題児だったリュウ太くんが、このような言葉を口にしたことを、母親であるかなしろさんはどのように受け止めただろう。本書を読んだだけの遠目から見ていたわたしでも、「たぶん泣いたんじゃないかな」と察した。
本書には、発達障害のある人が困難を越えて、社会で働くためのヒントがある。もしわが子の将来に不安を覚えたときは、ぜひ手にとってほしい。
文=いのうえゆきひろ