絵本のコレクションは300冊以上! 天竺鼠・川原さんに聞く「クリスマスに贈りたい絵本」

文芸・カルチャー

公開日:2020/12/18

クリスマスに贈りたい絵本特集

川原克己

 絵本が大好きで、気づけば自宅には300冊以上の絵本がある、というお笑い芸人天竺鼠の川原克己さん。2019年には自身が作画も手がけた絵本『ららら』(ヨシモトブックス:発行、ワニブックス:発売)を上梓。クリスマスを前におすすめの絵本についてお話を聞きました!

マタニティの人たちに贈りたい『ららら』

天竺鼠・川原克己さん

――たくさんの絵本を今日はお持ちいただきましたが、ご自宅には300冊以上の蔵書があるんですよね。絵本にハマったきっかけは、谷川俊太郎さんだとか。

天竺鼠・川原克己さん(以下、川原) 最初は詩を読んだりしてたんですけど、谷川さんってスヌーピーの翻訳とか、ほんまいろんなお仕事されてるじゃないですか。絵本はどんなの書いてるんやろなあと思って『んぐまーま』(谷川俊太郎:著、大竹伸朗:イラスト/クレヨンハウス)を手にとったら、ハマりましたね。谷川さんが書いてるものは片っ端から読みました。

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んぐまーま
『んぐまーま』(谷川俊太郎:著、大竹伸朗:イラスト/クレヨンハウス)

――どんなところが魅力だったんですか?

川原 わかりやすくしてないところですかね。どの作品も谷川さんの想いやテーマははっきりしてるんだけど、読み手がどう感じとるかはめっちゃ自由に委ねられてる。自分がいいと思ってつくったものを、たまたま好きだと思ってくれる人がいればそれでいい、好かれるためにやってない、みたいな感じが強く伝わってくるんですよ。それがいいですよね。あと、インタビューかなにかで「言葉がおりてくるのではなく、地球から這いあがってくるんだ」みたいなことをおっしゃってたんですけど……。

謎の声 そうなんです。

一同 !?

川原 えっ、誰!? ……あ! 俺のスマホや!

――すごいタイミング(笑)。

川原 びっくりしたー。誰か子どもでも連れてきたんかと思った。見て、勝手に言葉が入力されてGoogleアシスタントが答えてる。

――絶妙な合いの手でしたね(笑)。

川原 宇宙からの相槌が。まあ、だからつまり、そうなんです(笑)。媚びてないところがいいっすよね。

――それは芸人としてのスタンスに通じるところもあるんですか?

川原 おこがましいですけど……自分も、テレビ的な言い方をすると売れようと思ってやってはいなくて。売れたら売れたでラッキーだけど、自分がおもろいと思ったこととか、言いたい言葉を成立させるためにはどうしたらいいかっていうんで、ネタをつくってる。そこに誰かがハマってくれたら嬉しいけど、だめならだめで……って感じですね。谷川さんの絵本を読むと、なんかそういう自分を肯定された気分になるっていうか、好きなことをやり続けていいんだって思わせてもらえるのがいちばんの魅力かなあ。

天竺鼠・川原克己さん

――ご自身で描かれた絵本『ららら』も、わかりにくいところがいいなあと思いました。個人的には「赤いまんじゅうを怖がるおじさん」が意味わかんなくて好きです。

川原 ジャルジャル・後藤さんの息子さんは「おでことれちゃった君」が好きらしくて、そのページを暗記して幼稚園でずーっとしゃべってるらしいんですよ。もっとかわいいのならともかく「おでことれちゃった!」って言い続けるからまわりがみんな心配してる、勘弁してくれって言われたんですけど、子どもはそういうところがいいですよね。チャクラ駄々開きっていうか、感性のかたまり。勝手に物語をふくらませて、想像のなかで楽しみ続けることができる。だから個人的には、常識とか社会とかにとらわれてる大人にこそ読んでほしいって思ってます。

――では、『ららら』をクリスマスプレゼントに贈るとしたら?

川原 えー、誰やろ。これ、誰に向けて描いたとかほんまになくて。オファーをいただいたとき、大人向けか子ども向けかどっちかにしてほしいと言われて、全部断ったんですよね。17編のお話が入ってるんで、大人にも子どもにもどれかで「なんやこれ」って思ってほしくて。だから……そうだなあ。マタニティの方に、お腹の子どもと一緒に読んでほしいっすね。いまいちピンとこないってやつほど、読み返して感性を動かしてほしい。

コロナ禍で悶々としてる人たちに贈りたい高畠那生さんの絵本

天竺鼠・川原克己さん

――ファンの方々から絵本をプレゼントされることも多いんですよね。

川原 そうですね。なかでもバチン! と好みにハマったのが高畠那生さんの絵本。僕、物語としてきれいにまとまっているものよりも、どっかオチがズレてたり抜けてたりするものが好きなんですよ。その点、高畠さんの絵本は最高。内容も、ほとんど意味なんてないのがいい。

『みて!』(高畠那生/絵本館)は女の子の「私を見て!」って承認欲求をひたすら描いている話。『チーター大セール』(高畠那生/絵本館)は、はやらない店をやってるチーターが、身体の模様とかいろんなもんどんどん売ってく話。ふつうだったら些細なところから始まって、最後にダイナミックな出来事が用意されてるじゃないですか。でも、どっちもそんなことにはならなくて、わりと肩透かしで終わる。でもその肩透かしの表情とかが、いいんですよね。

――どういう人にプレゼントしたいですか?

川原 やっぱ、大人の人たちに見てほしいかなあ。とくにこのコロナ禍で悶々としていたり、生きるってなんだろうって人生に行き詰まりを感じたりしている人たちにこそ、絵本は必要だと思うんですよ。この2冊は文章が少なくて、絵がダイナミック。だから見てるだけで解放感があるんですよね。いっぺん考えるのをやめて、この世界に心を委ねてみたらいいんじゃないかなと思う。別に意味なんてなくてもいいんや、ってラクになれると思います。

天竺鼠のライブに興味をもった人には『わんわん にゃーにゃー』

天竺鼠・川原克己さん

――わかりにくいとか、意味がないのとか、こぢんまりまとまらないのが川原さんはお好きなんですね。

川原 そうですね。僕、単独ライブを観たお客さんにいちばん感じてほしいのが「なんの時間やったんや」ってことで。なんのためにわざわざ時間さいて、お金払ってこんなもん観たんやろう、って思ってほしい。だってみんな、いちいち意味とか理由とか考えすぎだから。もちろん僕は僕なりのメッセージをこめてライブはやってるけど、谷川さんと一緒で、わかる人だけわかったらいいし、シンプルに好きか嫌いかだけでも全然かまわないんです。

――そういうスタンスはずっと変わらず、ですか?

川原 ずっと、ですねえ。昔から、僕は生まれた時点でみんな勝利者、人生はウィニングランだって思ってるんですよ。どうしても、あいつに負けたとか、落ちこぼれたくないとか、他人との優劣を考えてしまうかもしれないけど、そういうのが絵本を読むとけっこう吹き飛ぶ。「なんやこれ、あほらし!」「でもこんなんで十分なんだよな」って思えるのが好きなんです。

――それをご自身のライブでもやりたい?

川原 そうっすね。僕らのラジオやライブのお客さんって、障害のある方とか鬱っぽい症状を抱えている方が多いんですよ。で、よく言われるのが「いい意味でどうでもよくなりました」って(笑)。そういうの、理想ですね。絵本みたいなライブしたい。長新太さんの『わんわん にゃーにゃー』とか『プアー』(ともに長新太:著・イラスト、和田誠:著/福音館書店)みたいな。

『わんわん にゃーにゃー』『プアー』
『プアー』『わんわん にゃーにゃー』(ともに長新太:著・イラスト、和田誠:著/福音館書店)

――どういう絵本なんですか?

川原 これもオチがなくて。犬がわんわん泣いているうちにどんどんおっきくなって、最後にしゅーっと元に戻って終わり。大きくなったからって何もない(笑)。たぶんね、今の10代の子とか読むと「で!?」ってなると思うんですよ。今のテレビとか動画とかって、なんにも考えずにただ観てるだけで、わかりやすくて楽しめるつくりになってるでしょ。すごくサービス精神旺盛なプロたちが、徹底的に考えてつくってるから。でもほんとのエンターテインメントって、自分には理解できない、範疇外で起きてることを、理解するために脳みそを使うことだと思ってて。なにが楽しいかを自分で探っていくのが、おもしろい。僕らのライブもそんな感じなんで……天竺鼠気になるからライブ観に行こうかなあって思ってる人は、ぜひこの絵本で免疫つけてからきてほしい。

――といいますと?

川原 いったん免疫つけてからこないと、意味わかんなすぎて吐き気をもよおすかもしれないから(笑)。僕らがテレビで披露しているネタって「こんなの放送できない」「もっとわかりやすいのください」って言われて決まったやつなんで。いったん脳みそほぐしとかないと、大変だと思います。なので、天竺鼠のライブ入門者にはぜひこの2冊と『んぐまーま』をプレゼントしたいですね。

自分ルールに縛られがちな人へ、『イタチノオウチ』と『はしるチンチン』

天竺鼠・川原克己さん

――次は小山内龍さんの『イタチノオウチ』(まんだらけ)。手塚治虫絶賛って帯に書いてありますね。

川原 シブいでしょ?(笑)ジャケ買いしました。これはね、イタチが自分のおうちを探していく話なんですけど、いいなと思ったおうちは他の動物のもので、ようやく居心地のいい場所見つけたと思ったら、やっぱりおうちを探してるネズミに「じゃあいいよ」って譲っちゃう。で、けっきょくなんも見つからないまま終わるんです。いいことしたら何かが返ってくるとか、幸せはすぐそばにあるとか、そういうことでもなくて。

――教訓は、やっぱりない。

川原 そう。ただイタチは、おうちが誰かとバッティングしてもケンカしないし、おうちをとられたからって怒ったり悲しんだりもしない。誰かと出会って、こんちはーさよならーって挨拶して、ゆるゆる生きてく。そういうの読んでると、なんていうかな、いきあたりばったりで流されるまま生きてたって別にいいじゃん? って気持ちになるんですよね。生きてるってそういうことだし、意味なんて見つけたところでしゃあないやん、って。

――教訓はないけど、伝わってくるものは深いですね。

川原 それが絵本。答えは自分の内側にあるっていうか、僕も答え合わせをするために読んでるところがあります。だからこの絵本は……そうだなあ。こうしなきゃ、ああしなきゃってルールでカチコチになってる人にプレゼントしたいですかね。自分の今の欲望と感情に忠実になっていいんだ、って思えるから。

 みんなね、まじめなんですよ。いやなもんとの付き合い方が上手になりすぎて、いつのまにか我慢するのがあたりまえになってる。でも本当は我慢してる状態がつらいから、正当化するために自分の言動にむりやり意味づけしちゃう。で、そのルールに従わない他人を見ると、怒りだす。もっと自分のものさしを中心に自由にやっていいよ、ってこの絵本を読むと思えるんじゃないですかね。あと、おすすめしたいのがしりあがり寿さんの『はしるチンチン』(岩崎書店)。

――タイトルからして意味のなさそうな……(笑)。

川原 ないっすよ。男の子がフルチンで町を走ってるだけ。でも満天の星の下、こんなふうに欲望のまま突き抜けられたらどんなに気持ちいいだろう、犯罪にならないなら俺もこれがやりたい! って思います。大人になるにつれて、あれはだめ、これはヘン、って言われて閉じていったチャクラをもう1回、駄々開きにさせてくれる感じがする。2冊セットで読むと、もっと自由になれるかもしれませんよ。

【編集註:『イタチノオウチ』は限定300部につき入手困難】

エドワード・ゴーリーは、自分へのクリスマスプレゼントに

天竺鼠・川原克己さん

――エドワード・ゴーリーの絵本は、これまで紹介してくださったのに比べたら、物語性があるほうですよね。

川原 そう見えますけど、やっぱりオチはないですよ。『不幸な子供』(河出書房新社)なんて、恵まれていたはずの女の子がとにかくひどい目に遭って、どんどん不幸が加速していって、最後は死んじゃうってだけの話じゃないですか。

『不幸な子供』(河出書房新社)
『不幸な子供』(エドワード・ゴーリー/河出書房新社)

――報われませんよね。

川原 でも読んだ人に「こんなに不幸な子どももいるんだから今の幸せを大事にしなさい」とかそういうメッセージを与える感じでもない。ただ僕が内容よりも衝撃を受けたのは、エドワード・ゴーリーが「絶対に絵本の棚に置いてほしい。これは子どもにこそ読んでほしいもので、大人には絶対わからない」みたいなことを言った、ってことなんですよ。その真意は全然わからないけど、もうそれだけで僕は虜になっちゃって。彼の絵本は全部買いました。内容うんぬんより、エドワード・ゴーリーが描いたってだけで作品は成立しているような気がして。

――あんまり人には、とくにクリスマスにはプレゼントしづらいとは思うんですけど、贈るとしたら?

川原 自分へのプレゼントにしてほしいかな。これは誰かに贈るものじゃない。で、節目節目で読むようにしてほしい。僕が最初に読んだのは20歳くらいのときで、いまだにどういうつもりで描いたんやって思うけど、でもなんとなく、言葉にできないところで感じ方は変わってる。もしかしたら60歳くらいになったら爆笑してるかもしれないなって思うので。絵もいい感じに不穏で、見ていて飽きないので、自分のための大切な1冊にしてほしいですね。

みんなが欲しいものを欲しがりがちな人へ『おじさんのかさ』

天竺鼠・川原克己さん

――そして最後は、佐野洋子さんの『おじさんのかさ』(講談社)です。

川原 これもう、大好きなんですよ。おじさんは自分の黒いかさが大好きで、汚したくないから雨の日は決してささない。誰になんと言われても。……めっちゃカッコいいですよね。かさはさすもの、っていう固定観念にとらわれず、自分だけのものさしで、世界にたったひとつの自分だけのかさを愛でている。最終的には雨が降ってきたときにさして、これはこれでいいじゃんってなるんだけど、それも人に言われたからじゃなくて、自分のタイミングで選んだっていうのがいい。奥さんも素敵なんだよなあ。かさを濡らして帰ってきたおじさんに「あらかさをさしたんですか、雨がふってるのに」って。

『おじさんのかさ』(講談社)
『おじさんのかさ』(佐野洋子/講談社)

――「なんでささないの、もったいない!」とか絶対言わずに、おじさんの価値観を大事にしてくれてる感じがありますよね。

川原 こういう人にそばにいてほしいなあって思うし、おじさんみたいに生きたいですよね。自分のなかにある正解を大事にして、他人の目は気にしない。まわりの意見は参考程度に聞くことはあるけど、決断するのはあくまでも自分。今日お話ししたすべてがここにつまってるなあ、って思います。

――では最後に、こちらは誰にプレゼントしますか?

川原 みんながもっているものを欲しがってる人たち、ですかね。たとえば最新のゲームを欲しがる子どもに、まずはこの絵本をあげて「これくらい好きで、大事にできるものなら買ってあげる」って言う。子どもには絶対わかると思うんですよ、おじさんのカッコよさ。ゲームじゃなくてかさが欲しいって言いだす可能性だってあるし、そしたら親御さんはラッキーですよね(笑)。大人も、いっぺん、この絵本を読んで見つめなおしてみるといいんじゃないかな。その存在まるごと愛せるくらい惹かれているのかどうか。彼女がブランドもん欲しがっててまいったなあ、って人も、まずはこの絵本をプレゼントしてみてください。

天竺鼠・川原克己さん

取材・文=立花もも 撮影=島本絵梨佳